02 異世界事情
私たちが呼ばれたところは、エーアストという世界の中にあるツヴェルフという国だという。
そして案の定、『魔王』を倒すための強い『勇者』が必要で、その勇者を探してこうして、召喚魔法を行ったという。
これらの話はすべて先ほどの女性――ディリアさん。この国最高位の巫女さんらしい。持って生まれた力は強いけど、基本的に癒しとかそういった系統のほうが強いため、巫女になったという。
ちなみにこの世界は『魔法』というより純粋に『力』というらしい。持って生まれた力によって、細かく分類すると火、風、水、地、光、闇などの属性に別れている。その中でも攻撃系か癒し系など別れるみたい。
さらにこの国はだいたい二百年前に同じように『勇者』を呼び出したことがあるとか。そのときは『魔王』を封印して、『勇者』は亡くなってしまったというが――
普通の部屋に通されて、椅子に座ってお茶を頂きながら聞いた話だ。
で、説明が終わったあと机の上に載せられたのが、普通の大きさの剣と、それよりも細身の剣、そして緑色の大きな楕円形の石がはめ込まれているペンダント、タイガーズアイのような茶色い球が連なったブレスレット。
「なんですか、これ?」
「あなた達の『力』を引き出すためのものです。こちらはヨーイチさんに。攻撃力の高い剣です。これをもっていると水系の力も使えます。
そして、こちらの首飾りはマナミさんに。どうやらマナミさんは癒しや護りの力が強いので、それを増幅するためのものです。
エリさんは地の力を引き出してくれるもので、主に防御系などですね。あと、道を示すものでもあります。道中ではエリさんに頼ることが多そうですね。
そして――」
どうやらそれぞれの力にあったものを持ってきたようで、普通の大きさの剣を大野くんに、ペンダントを篠原さんに、ブレスレットは堤さんに渡した。
となると、残りは細身の剣なんだけど……これは勇者の剣に相応しくないような気がする。でもそうなると蒼井くんが持つものがないし……あ、私は必要ないってことね。
などと思っていると、「そしてこれはカリンさんに」と、細身の剣を私に差し出す。
えーと……もしかしなくても、コレを私に使え、と? その前に勇者ご一行様なんてご遠慮したいんだけど。
まあ、そう思っても相手が言うことを聞いてくれるなんて思ってはいけない。ディリアさんは私の気持ちなんてまったく考えず、剣の説明をする。
「この剣は、持つものの力に見合う力で敵を倒してくれるものです」
「は?」
意味が分からなかったのか、蒼井くんが間抜けた声を出す。
なんとなく想像がついたんで、仕方なく。
「要するに、その人にあった実力くらいで勝手に動いてくれて、剣を扱う人の実力っていうか、剣技がなくても大丈夫ってことじゃないの?」
「ええ、そのとおり敵意を持ったものを斬るのを手伝ってくれる剣です。その……カリンさんだけは力の系統がよく分からなかったので……」
困った顔をしながら説明するディリアさん。
それって、分からなかった=使えない、って判断したのかな? なら私は遠慮を……などと思っていると、蒼井くんがそんな気持ちをさくっと無視して。
「分かったから……その、俺の、は?」
「あの、ハヤト様のは王自らとのことです。さすがに勇者様ですから」
「あ、そう?」
とたんに嬉しそうになる蒼井くん。そして、蒼井くんだけしっかり様付けで呼んでいるディリアさん。
それにしても喜んで勇者やりそうで怖い。大野くんも同じような感じだし。篠原さんはそれでも抵抗があるのか、ペンダントをつけるわけでもなくじっと見つめている。
堤さんは蒼井くんたちに近いのかな、面白そうな顔してブレスレットを右腕にはめていた。ちょっと意外だった。
ディリアさんは蒼井くんに「そういうことなので、もう少しお待ちください」と答えた後、私が剣を受け取っていないことに気づく。
「では、カリンさん」
「お断りします」
「……」
「おい、相沢?」
あ、蒼井くん、私の呼び方が作ったような『花梨ちゃん』じゃなくて、『相沢』になってる。
やっぱり、浮いていた私に気を遣ってくれていたんだろうか? といっても余計に浮いて(一部女子を敵にして)しまっていたけど。
と、それはおいといて、困った顔をしながらも、ずずずいっと私の前に剣を出すディリアさんに。
「私の力の系統が分からないってことは、みんなと比べたら微弱なものだと判断しました。なら、剣のおかげでなんとか戦えるようなのが一人いると足手まとい。それなら私はここでみんなを待っていたほうがいいと判断して、魔王討伐の参加はお断りします」
反論されないために一気に切り込む。
だいたい力の系統がよく分からないけど、一応、力があるから使おうなんていう考えが透け透けでうんざりする。「ですが…」などと困ったように呟いても知らない。
ってか、『勇者』 一人を呼び出したのに、都合のいいのがさらに三人もついているんだから十分じゃない。一人くらい、城の中で悠々自適に生活させてくれたってバチは当たらないと思う。
が、ここで異世界召喚、勇者と聞いて俄然やる気なっている三人が問題だった。
「そんなこと言わないで、一緒にここに来た仲だろ?」
「そうそう、一緒にいたほうが、相沢さんも心強いんじゃないかな?」
楽しそうに言う男性陣に、「思い切り心配だから」と思わず返してしまうほど。
それを聞いて顔を顰める二人に、堤さんは「怪我をしたばかりだから怖いんじゃないの?」と少しからかう口調で言う。
でも、それならそれを利用させてもらおう。それに黙っていると、そのまま勇者ご一行様のメンバーになりそうなので、ここは一つけん制の意味もこめて嫌味ったらしいことを言いまくることにした。
どうせ一緒にいて、『魔王』を倒すなんてのを目的にしていれば、思い切り鬱憤がたまっていくんだろうし。
「嫌よ。蒼井くんも大野くんも喜んでいるみたいだけど、私は嫌」
「だからどうして?」
「ねえ……相沢さんも一緒にいよう? いくらなんでも一人じゃ寂しくない?」
ちょ…どうして篠原さんまでそんなこというの? ここぞとばかりに蒼井くんと一気に仲を深めるチャンスじゃない。がんばって戦うのと、それを癒すのと……ちょうどいい関係じゃないの!?
…………まあ、いきなり訳の分からないところにきて、不安なのは分かるけど。
脱線しかけた思考を戻して、私は嫌な記憶を掘り起こす。
「あのね、蒼井くんと大野くん。私は少し前に全治三ヶ月の大怪我をしてるの。そんな痛い思いをしてるのが、『一緒に戦いマス!』なんていうと思う?」
怪我のことを出すと、二人は口ごもる。そこにさらに畳み掛けるように。
「だいたいね、いくら勇者だ、強いって言っても、聞けば相手は魔族の中でも規格外の強さの『魔王』よ? そこまでたどり着くまで大変だろうし、怪我だってする。というか、しないと思っているの?」
私の問いに黙り込む二人。
結局、この二人はいきなり広がったゲームのような世界の主人公に目がいって、そこで起こりうる現実を考えていなかったようだ。
「私は戦って怪我をしたらどういう思いをするか――今だったら容易に想像できるよ。大怪我した後だもの。私はもう痛いのは嫌なの」
さあ、どうだ、とばかりに現実を突きつけた。
ちなみに魔族と魔王のことなんだけど、魔族とは人と違って下っ端でもかなり強い力を持つモノのこと。そして、魔王とは、その中でもたまに現れる、桁違いに力を持ったモノのこと。
逆に人は一般庶民はほとんどそういった力を使わないままで終わる。それに力を出すのに、媒体となる物がなければうまく使えないのだ。渡された剣やペンダント、ブレスレットがそれにあたるけど、結構貴重品で、一般庶民が身につけるほど数がないらしい。
さらにいえば、魔族、魔王は力に加えて瘴気を纏う。その瘴気が人にとって害悪なのだという。そして、魔王が存在するだけで魔族の力は増し、人にとっては死活問題になるので、それを倒せる人が必要とされる。
――ということだ。
それならこの世界の中でやって欲しい。はた迷惑な。
「蒼井くん、大野くん、堤さん、篠原さん。それにディリアさん。私は、私たちがこの世界のために力を尽くす義務なんて、これっぽっちもないって思ってる。自分の世界ならともかく…ね」
まあ、元の世界で一介の女子高生ができることなんてほとんどないけど。
肩を竦めていい迷惑だ、という表情をディリアさんに向ける。
「相沢、お前っ!」
ガタンと椅子を倒しながら勢いよく立ち上がって、私の胸倉を掴んで持ち上げる蒼井くん。本当に熱血漢で勇者という役柄に合っている。
と、そのことはおいといて。
「蒼井くん、現実見てる? 私たちはここの人でも困るような強いのと戦わなきゃいけないんだよ? それに還ることができるかどうかも分からないんだし」
ねえ、ディリアさん? とばかりに、蒼井くんから視線を逸らしてディリアさんのほうへ向ける。
ディリアさんは私の視線を受けて怯み、その後「それについは…」と呟いた。
泣きそうな顔をして説明しようとするディリアさんを見て、大野くんと篠原さん、堤さんは宥めて、蒼井くんは私をさらに睨みつけた。
「おまっ…」
「だってそうでしょう? この世界のためにがんばって、挙句に元の世界にも戻れない? 自分の人生台無しにされているのに、こちらの世界の勝手な望みに付き合う義理なんてどこにあるの?」
冷たく言い放つと、蒼井くんは私から手を放し、「くそっ」と小さく毒づいた。
「だけど、なんで相沢さんは還せないって分かったんだ?」
「そうよね。呼び出すくらいだもの。そういったのだって考えていそうだし……相沢さんの思い込みなんじゃない?」
大野くんは私の考えに驚いて、堤さんは還れないかもしれないということを否定したくて尋ねる。
「だって、前の勇者は死亡したんでしょ?」
「ええ」
短く返すディリアさん。
でも…と付け足すように、「返還するための陣もちゃんとあるんです!」と付け足す。
「それ、使われなかったのよね?」
「はい。でも、こうして勇者様を呼び出すことはできたんですし、返すことも可能だと思います。これは召喚の陣と逆に造ってありますから」
「どうして可能だと分かるの?」
「ですから、勇者者様が呼び出されたということは、返還の陣を使って――」
「いなくなれば、元の世界に還った――と?」
ディリアさんの言葉を遮るように続ける。
「そりゃそうだろ? だから、ディリアさんがこうして返す方法があるっていっているんだから大丈夫だって。相沢は心配性すぎないか?」
私の出した問いは少なからずみんなを動揺させていた。だから、私がとてつもない心配性で、ディリアさんの言葉が正しいように思い込もうとしている。
けど、やる気でいるところに水を差すのは気が引けるけど、現実を知ってから、それでもやる気があったら言ってほしい……と思うから。
「蒼井くん、それってこっちの世界から見た結果だよ。現実にその返還の陣から人がいなくなったとしても、本当にもとの場所に戻ったかどうかは、返還された人しか分からないんじゃないかな?」
「……」
「いなくなった=元に戻ってるって思ってる? でも違うかもしれないよ。対象者がいなくなったとしても、返還の陣は使うことができるとしても、それが必ずしもちゃんと元の世界に返った――っていうことは証明されていないんだもの」
どうやら、それぞれ想像して理解したようで、一気に真剣な表情に変わったのを見ていた。
一人空気読めない主人公なのです。
現実的…といえば現実的なのですが。