17 問答
参ったな、というのが第一感想。
最初の頃のディリアさん、どうやらあの時から瘴気にやられていたらしく、きれいに取り払った後は、落ち着いて状況を分析できるようになっていた。
おかげで突っ込まれてます、やばいです、ってなほど。
「えっと、実は元の世界でも知る人ぞ知る賢者だったり」
「嘘ですね」
「……どうして即答ですか?」
「今まで隠していたくらいですから、簡単にばらすわけがありません」
「あー…そうですね」
本当に冷静になっちゃったんですね、ディリアさん。思わず心の中まで敬語で話してしまうわ。
これが駄目なら。
「さっき言ったように、私は霊退治のエキスパートで……」
「言葉の意味が分からないところがありますが、他の方たちとご学友ということから、恐らくそれも嘘かと」
「いえいえ、副業みたいなものでして。実は数ヶ月休んでいたのも、依頼で手ごわい霊を相手にしていたからで――」
「どこまで話を膨らませるつもりですか?」
……てっ、手ごわい。こっちがあれこれそれらしいことを言っているのに、ディリアさんの目はぜんぜん信じてない。
うーん、いっそ別の手でいってみるか。
「実は、新たな魔王だったり」
「え?」
「召喚時に紛れ込んで、ちょちょいのちょいで、みんなの記憶操作をして――」
「まさか……だったら、どうして勇者を強くするためになどというんです?」
魔王という言葉に驚いたのか、今度は少し気になって尋ねてくる。
とりあえず話を逸らしたいので、それに乗って種明かしをするかのように話し始める。
「だって、せっかく来てくれるのに、弱かったらつまらないじゃない。もっと経験つんで強くなってくれなきゃ、つぶす楽しみがないんだけど?」
まあ、途中でやられたらそれまでだけどね――と笑みを浮かべながら付け足すと、ディリアさんは眉を顰めた。
警戒し始めた様子に信じ込んだかな、と思っているとしばらくして。
「それも、嘘……ですね?」
「どうしてそう思うんです?」
「下級の魔族といえど瘴気を纏います。なのに、カリンさんにはそれがない。それどころか瘴気の浄化まで行う――それは、魔族でなく、神に属する側の力です」
いや、神に属するなんて、そんなすごいものではないですよ、と心の中で否定する。
でもすでに勇者召喚に巻き込まれたその他一名に収まらなくなっているようで――やりすぎたなあ、といまさらながらに後悔した。
はーっと深いため息をはいたあと、軽い口調に戻して。
「んじゃあ、実は真の勇者は蒼井くんじゃなくて自分だ、とか?」
「……先ほどのことを見るとそう言えなくもありませんが……それは力のみの話です。他にも納得のいかない点がいくつかあるんですが」
う…、冷静すぎるよっ、ディリアさん!
もう面倒くさくなってきた。いずれどこかでばれそうだしな……もう、自分からばらしてしまおうか。
「なら、勇者は勇者でも、二百年前に召喚された初代の勇者」
「それも嘘…………ええっ!?」
あ、スルーしてくれなかった。
これもさっくり嘘だと否定してくれればいいのに。
「まさか……」
「あれ、嘘だと否定しないんですか?」
「いえ、だって……二百年前の勇者はこげ茶色の髪と瞳、まだ子どもといえる年齢、そして名前はリン、と。カリンさんの名前に似て……、でも、二百年前の話で……」
やばい、そこまで知ってたのか。
書庫で見た本にも詳しいことはあまり載ってなかったのに。さすがに最高位の巫女の情報を侮ってはいけなかった。
あーもう、仕方ない。ディリアさんには話せるところまで話そう。諦めは早いほうなんだ。
「こちらの……世界と元の世界では時間の流れが大幅に違うようですね」
「え?」
本当にそうだと思わなかったのか、ディリアさんは驚いた表情になった。
私が最初呼ばれたのは、中学卒業してまもなくだった。そして、ここで『勇者』をやらされ、今の道のりを一年近い時間をかけて魔王の居城にたどり着き、そして封印した。そのあと、自力で元の世界に戻ったけど、戻った時点で数時間の誤差しかなかった。
「そして、約半年後、蒼井くんを初めとしてまたここに来たのが、その二百年後ってことですね」
と、指を二本立てて説明する。半分諦め、半分ヤケで。
でもディリアさんは私の話を真剣に、だけど興味深げに聞いている。
「では、どうやって戻ったのですか? 勇者は亡くなり、城に帰還したという話は聞いていません」
「はあ……まあ、戻ったら厄介そうなんで、自力で召喚陣を作り上げてですねー、んで、帰還と同時に召喚陣つぶすように設定して、証拠隠滅♪ ってわけです」
あの頃は、今ほど穿った考えをしてなかったけど、一年かけてたどり着いた道のりをまた戻って、あれこれ説明する気になれなかった。
早く還りたい、その気持ちだけで。
今なら、戻ったら歓迎だのお祝いだのと称しながらなるべく引き止め、勇者を外交手段に使うんだろうな、と想像してしまう。リートたちから勇者召喚の話の裏話を聞いているからなおさらに。
ディリアさんもその辺りを察したのか、表情は暗くなる。
「まあ戻ったら戻ったで、怪我の治療やらなにやらで、三分の二は療養だったんですけど」
元の世界ではこれほどの力は使えないから。ただ、幽霊が見える、霊感があるというだけで終わってしまう。攻撃する力も、傷を癒す力もここのように使えない。
「前のことがあるから……黙っていたんですか?」
「まあ……、ああそれと、最初はこの世界が前に呼び出された世界と同じかどうか決めかねてたので」
二百年前――あの時、瘴気はあたりに漂っていて、精霊たちはほとんどこの国には存在してないほど荒れていた。国中が『忌み地』といっていいほどに。そんな中を魔王のところまで行くのだから、今より魔族との対面は多いし、やりあう数も多かった。
なにより一番の違いは、その人に属性があって、その属性のアイテムを使ってその属性しか力を使わないということだ。
二百年前は、そんなものは関係なく想像するままにいろんな力を使っていたから。アイテムはあっても、そんな風に力の使える範囲を自分から狭めたりしなかった。
私の属性が分からない――となったのは、たぶんその辺りからだろう。二百年前は他の人も、いろいろな属性を普通のように使ったから。
「それは、初めて聞く話です」
「どこでどうなったか分からないけどね。でも……」
と、途中で言うのをやめて、横に置いておいた剣を取り上げた。
「この剣が、属性が分からなくても使えるように、そうやってみんな、アイテムを使っていろんな力を使っていたんです」
剣――アインスを抱きしめるようにして当時を思い出しながら語る。
そう、この剣は以前私が使っていたものだった。当時、刀鍛冶としての腕は並ぶものがいないといわれたシュタールが、心血注いで私に合ったように作り上げた一振りだった。
剣を知らない私でも戦えるようにと。
戦うことを知らない私でも、魔族を前にして躊躇いなく切り殺すことができるよう、剣の使い手の意思に関係なく、敵意を持っているものすべてに反応するように。
すぐに気づかなかったのは、話と違って臨機応変に反応してくれたのと、そして、柄の部分などを作り変えたのか、前に見たときとぜんぜん違っていたから。
鞘をつけたままではまったく気づかなかったし、抜いたら危険だと思って試しに鞘から抜くこともしなかった。
そんな感じで、昔は前からあるアイテムなら、その人に合ったようにカスタマイズして使うか、または最初からその人に合うように作るかして、属性がどうのといった制限はなかった。
この辺りが、似ているけど違う世界かも? と思う一因だったと説明した。
「そもそも、ディリアさんの『浄化』とか、篠原さんの『癒し』はどこにも属さないものですよね?」
「ええ、確かに」
「それに勇者は蒼井くんになっていたし、私は属性が分からないからおまけ程度に見られていたから、それなら適当にしてようと思ったんですよね。下手に口を出せばどこでそんな情報を? なんて言われかねなかったんで」
おまけに見られているということを言うと、ディリアさんは「それについては済みませんでした」と謝った。
それから前の話に戻って、蒼井くんたちを強くするために、魔族退治はなるべく引き受けることにしてもらった。魔王のところにたどり着くのが遅くなっても、強くなってからでなければ、魔王と一戦交えるのに必要な力が身につかないから。
「今回の浄化の件はどうしましょうか?」
「うーん…、ディリアさんが主で私が手伝ったくらいにしてほしいです。私が表に出るとなると、昔のことまで話さなくなるから」
それに、ディリアさんは瘴気にやられていた分、百パーセントの力がでてなかった。今ならさっきより力を出せるはず。
あと属性が分からないとなっている私に、浄化ができるか試してみたことにすればいい。
「いいんですか? ここをこれほどまでに綺麗にしたのは、あなたの手柄ですのに」
「別にいいです。私は、誰一人欠けることなく、元の世界に戻りたいだけだから」
仲がよくなくても、数ヶ月一緒の教室に一緒にいて、それなりに会話をしたことのある人たちだったから。相沢花梨個人に対して話しかけてくれる人たちだったから。
だから、自分ひとりで還れると思っても、還る気にはなれなかった。