15 浄化
『忌み地』までディリアさんと二人きりの間、とてつもなく冷えた雰囲気の中、嫌味の応酬をしながら歩いた。
救いだったのは『忌み地』が近かったことだろうか。しばらくすると瘴気が濃くなっていくのが分かり、『忌み地』に近いのが肌で感じる。
「カリンさんは『忌み地』というのをご存知ないと思いますが――」
「ええ、元の世界では魔族自体がいませんでしたから」
『忌み地』なんて初めて聞いたんで。でも、こういう場所は知ってる――ということまでは答えなかった。元の世界でも心霊スポットとかになっている場所に近い。
いや、それよりも酷い。まだそこへ行き着いてもいないのに、体に纏わりつく瘴気はねっとりとした嫌な雰囲気で気持ち悪くなる。こんなところに長居したら、それこそおかしくなりそうな、そんな感じ。
「『忌み地』はその言葉通りのところです。忌むべき土地。穢れた地です」
「先ほどレーレンに聞きました。どうしてそうなるのかも。なので、一刻も早く浄化をしたほうがいいと思ったんですが?」
だからどうした、といった顔でディリアさんを見た。
ディリアさんが言いたいことは知っている。それでも早くしたほうがいいと思ったから急かした。
「……『忌み地』の浄化は、神殿にいる神官や巫女数人で行うものです」
『忌み地』の浄化はそれだけ大変なのだと何度もいうディリアさんに、私はそっけなく答える。
「だから? ディリアさんはこの国で最高位の巫女なんでしょ。だったら数人分の仕事をしたっておかしくないと思うけど?」
「ええ、確かにそうですが村人にも言いました。最優先は魔王討伐です。こんなことで足止めされていたら困ることくらい、カリンさんだって分かりますよね?」
「さあ? 私は見えない魔王より、ここに漂う瘴気のほうに寒気を感じますが?」
私が瘴気を感じているのが少し意外だったという表情を一瞬するが、すぐに元に戻る。
「魔族から発せられる瘴気は、確かに人の心を蝕みます。でも、その源は魔王なんです。カリンさんは目の前の人のせいで、だいぶ視野が狭くなっていませんか?」
「そうかもしれませんね。私には目の前にいる人を放って先に進むほど、大きな目的には思えないですから。ディリアさんはなんのための魔王討伐だと思ってるんですか? こういう人たちをなくしたいからじゃないんですか?」
「それは……」と言いよどむディリアさんに横槍を入れられないように矢継ぎ早に話を続ける。
「魔王を討てたとしても、その間に人がいなくなれば意味ないですし。それに魔王を討つことばかりに気をとられ、勇者は誰も助けてくれなかった――と言われるほうが問題じゃあ、ないんですか?」
あなたの国としては――ということを匂わせながら、冷めた目でディリアさんを見る。
「ああ、あと、ここで言い訳してやめるようなら、ディリアさんの巫女としての格はそんなもんだと思いますから。まあ、誰にも言うつもりはないから、私が思うだけですけど」
私はディリアさんのプライドをチクチクと刺激して、「やる」としかいえない状態に持っていっていく。言葉尻を取って、ひっくり返して反論の道を封じた。
冷静なときなら、他に反撃の余地もあっただろう。でも、『忌み地』が近く、瘴気が濃い。冷静な判断などできるわけがなかった。
ディリアさんは唇をかみ締めて怒りを我慢している。しばらくしてディリアさんは顔を上げて。
「この辺でいいでしょう。カリンさんは巻き込まれないよう、そこから動かないでください」
その声は怒りで震えていた。それでも、逃げることはせず、向かい合う気になったのは認めよう。おとなしく指示に従って、その場に立ち止まった。
ディリアさんは私から離れて瘴気の濃い部分へと向かう。そしてクリスタルを取り出して、それを両手に持って目を瞑った。クリスタルが淡く光りだすのを見て、ディリアさんが力を使い始めたのが分かる。
でも……
「あの力じゃ、無理そう……」
ディリアさんの力は弱い。ディリアさんだけではこの地を浄化するのは無理だろう。
「それにしても、最高位と呼ばれるのがこれじゃあ……ね。そう思わない? リート」
“ほんとだねー”
“だって、しかたないよ”
“そうそう”
“いかいのかべを、こえてきたひとには、かなわない”
「あー、そんなものもあったねえ」
世界と世界の間には簡単に行き来できないように壁というか断層というかそういったものがあるという。
そして不幸なことに、この国にある召喚陣は、とにかく強いものを呼び出すという無謀な陣で、その陣の対象は近くの世界も入る。
そうして呼ばれた人は世界の壁を越えてたどり着く。呼ばれて気づくとこちらに来てるけど、実際は世界と世界の間の壁を乗り越えるという荒業をしてくるので、そこで一気に力がつくという。
だから、勇者として呼ばれた蒼井くんも力の使い方をきちんと覚えれば、ヴァイスさんなんて目じゃないほど強くなれるはずなんだよね。今の蒼井くんは反射的に力を使っていても、意図して使っていない。自分の意思で力を使えれば、格段に強くなる。
まあ、異界の壁越えの話はたぶん知らないはずだから、私も自分から口にしないけど。情報の出所を探られたら、私もいろいろヤバイんです、ってレベルのモノだから。
「うーん…、ねえ、リート。瘴気って、火で焼くことはできないの?」
“なんで”
“どうして”
「あー私の世界では浄化っていうか、そういった類のは、火とか塩を使うのがあったから。クリスタル通して力で浄化するより、焼いちゃったほうが早いんじゃない?」
『火で浄化できないものはない』っての、本か何かで見たことがあるんだけどな。できるならそっちのほうが楽だし。
“うーん…それはやったことがない、かも?”
“わたしたちのように、いしをもって、ひのせいれいが、ちからをかしたら、べつ、かも?”
「疑問系なんだ」
まあ、精霊を見える人自体がいなかったんだから、直接精霊に話をして「瘴気を焼いてみてください」なんてのはなかったんだろうな。
……試してみよっか?
そう思っている間にディリアさんの力が尽きたのか、どさりと倒れる。
ああ、やっぱり無理だったか。さて、このまま火の精霊に「試してみて」とお願いした場合、ディリアさんも巻き添えになるのかな。さすがにそこまでしちゃうのはマズイか。
仕方なく、まずはディリアさんを安全な場所まで移動することに決めた。
“わたしたちが、やろうか?”
“てつだうよ”
「できるの?」
“かりんが、なまえをつけてくれたから”
「は?」
あれ、主従関係はないって言ってなかった?
ヤバイぞ、どんどん道を踏み外している気がするーっ!?
“ちがう、ちがう”
“まぞくとの、しゅじゅうかんけいじゃないよ”
リートたちはくすくす笑って説明してくれた。
要するに、私が精霊に名前をつけたことによって、主従じゃないけど繋がったという。精神的にリンクしているという感じか。
たとえば魔族の地で精霊が入れないようなところでも、私がリートたちの名を呼べば、私を通してそこに移動して、私の力で存在できるという。
“よほど、つよいちからがなければ、むりだけどねー”
“でも、かりんは、つよいから”
「あ、そう…」
話戻して、私の力を使うけど、私自身が意識して使うんじゃなく、精霊たちに力を預けて勝手にやってくれるという。そうすれば一度にいろんな力を使えるけど、自分で制御するわけじゃないから、いきなり倒れることもありそうだ。
といっても、とりあえずそういうのができるのは、風の精霊リートと、土の精霊エルデのみ。残りの精霊たちとも話をして、名前をつけて気に入られなければはじまらない。
「まあ、とりあえず……できるならお願い」
“りょうかい”
“まかせて”
嬉しそうに了承すると、ディリアさんの体が宙に浮く。
うわーこんなこともできちゃうんだ、と感心しながらも、私はディリアさんから目を離してレーレンにもらった火打ち石を取り出した。
ライターとか便利なものがないので、火をおこすにはこれを使うしかない。最初はなれなくて何度もカチカチやっていたけど、コツを掴むとすぐに火をつけることができるようになった。
それを使って、近くにあった枯れた草にカチカチとやって火をつける。
じっと見ると、眩しい火の中で小さな赤い小人みたいなのが踊っているのが見えた。
異世界の人と召喚された人の力の違いをちょこっと。
情報の出所はまだ内緒で。