14 『忌み地』
大野くんは意外に周囲を見てる人だった。
ただ、どうしても知らない世界で、しかも猪突猛進…じゃないけど、『勇者』街道一直線な親友を見捨てられないようで、なんか複雑な気持ちを抱えているようだった。
でも、世の中にそんなに単純思考な人は少ないと思う。あちらを立てればこちらが立たず、なんていうけど、まさにそのとおり。けど、どこか一箇所とだけ交流していればいいわけじゃない。そのためにはあちらに合わせ、こちらに合わせ……ということになる。今の大野くんはそんな感じだろう。
「そういえば、あの、レーレンって人と仲いいけど、大丈夫?」
大野くん、何度も「大丈夫?」を連呼されると少しうんざりするんだけど。それに、なんの「大丈夫?」なのか。
いつも体調を気遣って「大丈夫?」と聞いてきた大野くん。でも、レーレンとのことは、体調は関係ないはずだ。
じゃあ、恋愛? いやありえないでしょ。レーレンの目にも私の目にも、そんな色はどこにもない。大丈夫かと心配されるようなことは、見ていれば分かるはずだ。でもそれを心配してるっぽい……よね? はあ……とりあえず。
「レーレンは商人だからね。最初会ったとき、シャーボのことをすごく興味深そうに見てて、それで話するようになったんだけど。元の世界の話とか聞くのが面白いみたい。特にその中で、こっちの世界で応用できて商売になりそうなのとか、ね」
代わりに私はこっちの世界のことを教えてもらっているよ、と答える。
半分はレーレンの好奇心と、私にとっても気が抜ける場所というのもあるんだけど。その辺を言うと、また話が元に戻ってしまうので表には出さない。
それとアイテムの指輪と交換したのは内緒にしておいて、単に情報交換の一環として互いに利害が一致しているから話をするのだということにしておいた。
大野くんのレーレンに対する変な思い込みは消えたけど、替わりに蒼井くんやディリアさんの状況報告や説得をするから、自分にもそれらを教えてほしいと言われた。
「自分で聞けば?」
「だってあの人、相沢さんとは仲良く話すけど、僕たちには事務的にしか話しないから」
「普通に話せば、普通に返ってくるけど?」
「だから、それが事務的ななんだって」
「そう言われても……」
レーレンは最初から好意的だったし、こっちの世界、元の世界と話題は尽きないし、よくしゃべる人なんだけど。
まあレーレンは私に対して好奇心(属性全部あるという)と多少の同情からだろうけど。私もレーレンと話をしないと、ぜんぜんしゃべらなくなるから、レーレンの存在はありがたい。だから会話も弾む。
でも、そこにそういったモノはないと思うのよ……うん。
「レーレンは商人だから有益な情報があれば食いつくと思うよ。そういった話をすればそこから話は膨らんでいくし。同性だからその辺りでも私より話が合うんじゃないかな? 気構えないで気軽に話してみるといいよ」
ね、軽く笑いながら言うと、大野くんの目が丸くなっていた。
「お、大野くん?」
「……あ、ごめん。相沢さんのそういう顔、はじめて見たから……びっくりした」
……レーレンに続いてまた一人。
そんなに私の笑顔は珍しいのかっ!?
そりゃ、今の私はあまり笑わないけど、レーレンにも言ったように感情がないわけじゃない。楽しければ笑うし、頭にきたら怒るりもするただの人間なのに。これじゃあ、まるで珍獣のようじゃないか。
ふう、とため息をつくと、大野くんは。
「相沢さんがなにを考えて動いているのか分からないけど、たまには笑ったほうがいいよ」
と言った。その顔には嫌味の欠片もなかった。
が、そう簡単に笑えるなら、いくら休学していたとはいえクラスの中で浮くわけがない。でも好意からの言葉だったので「善処する」と答えた。
返事とほぼ同時に、ヴァイスさんとレーレンが天幕から出てきて、この話は終わった。
***
朝食をとったあと荷物をまとめてまた動き出す。昨日と同じように、徒歩と馬車で。
でも、馬車が入れないような場所になったらどうするんだろう、とふと考える。レーレンがいるし、ある程度は広い道を行くだろうけど、魔族の地に入ればそうはいかないだろう。歩き組はその頃には歩きなれているだろうからいいけど、馬車組の三人はどうするのか、意地悪い興味が沸いた。けど、篠原さんがいるから、足にできた肉刺は治してもらえばいいだろうし、と深く考えるのをやめた。なんか馬鹿らしくて。
小休憩を二回ばかりとった頃、数人の人が道の前に現れた。
盗賊とかじゃなくて、その辺りに住んでる村人といった服装。なによりこちらを見てすがりつくような視線にまず目がいった。
これは……魔族が出たからどうにかしてください、的なお話? と思っていると、どうやら違うらしい。勇者の格好をした蒼井くんじゃなくて、巫女がいると聞いてきたという。
「なにごとです?」
馬車の中から顔を出すディリアさん。キリッとした表情は、作ってるなーと思わせるものだった。そりゃそうだよね、この国最高位の巫女ともなれば、普通の人ではないように振舞わなければならないだろう。どちらかというと、私が見てきたディリアさんのほうが感情豊かで人間味があるのかもしれない。
まあ、そんなことはどうでもいいけど。
「巫女様にお願いがあります」
「どうか…」
「村の近くにある『忌み地』を、『浄化』していただきたいのです」
村人達は言葉をつなげるように手を合わせながら順番に口にした。まるで伝言ゲームだ。いや違うか。あれは同じ言葉を伝えていって、最後まで同じかどうかというヤツだった。
それにしても『忌み地』? また新しい単語が出てきた。
首を傾げてると、横にいたレーレンが小声で説明してくれる。
「『忌み地』ってのは、魔族によって穢れてしまった土地のことだよ」
「魔族によって?」
「うん。魔族によってたくさんの人が殺された、とか、逆に魔族を追い詰め殺せたのはいいけど、その魔族の瘴気によって穢れてしまった場合の二種類かな」
レーレンの説明では、そんな事件のあった土地だと、草木も生えてこなくなって人からも敬遠されるような場所になるそうだ。
ちなみに前者だと殺された人たちの無念がもとで、後者の場合は、きちんと瘴気が浄化されないために、残った瘴気が凝ってできるのだという。しかも、瘴気のせいで魔族が集まりやすい地になってしまうという二段攻撃。各地に点在している魔族は、こういった地を拠点にしている。
どちらにしろ『忌み地』になってしまうと、巫女などを呼んで浄化してもらわないと無理だという。そのため魔族討伐の仕事につく人には、たいてい他のアイテムと一緒にクリスタルが支給されるらしいが、この土地はそのときにきちんと浄化されなかったらしい。
「そうですか、しかし、私は現在、魔王討伐の任に就いています。他のものを派遣するよう、神殿に連絡しましょう」
「そんな、今すぐお願いします!」
「先を急ぐのです。こうしたところをなくすためにも、ハヤト様に早く魔王の居城まで行っていただくのが最優先です」
毅然とした態度で自分の意見を貫くディリアさん。
でも、村人達は今すぐにでも何とかしてほしいと粘る。そりゃそうだろう。レーレンの話のとおりなら、もたもたしてると新しい魔族が来てしまう。
魔王を討つことも大事だけど、身近なこういったことを放っておいていいものなの? ディリアさんは魔王討伐しか頭にないようだけど……さて、いつもの嫌味を再開してみますか。
「ディリアさん、本当は自信ないんだ?」
「なっ!?」
私の独り言のような台詞に、ディリアさんはすぐさま振り向く。そして。
「自信があるとかないとかの問題ではありません。私たちにはするべきことがあって、そしてそのために足止めされては困ると言っているのです!」
「じゃあ魔族に襲われている人がいても、魔王じゃないからって無視して行っちゃうんだ。いやーすごい英断だわ」
と笑いながら返すと、ディリアさんは真っ赤になった。
そして案の定、「そんなことありません! それくらい簡単です!」と意気込んで、村人に『忌み地』の場所を聞き始めた。
ふふん、口だけでなくその力を見せてみろっての、とぼやくと、隣にいたレーレンが笑いをかみ殺すのに口元を押さえた。
「なによ?」
「いや…人を動かすのが上手いな、と思って」
笑いを抑えながら、レーレンは小声で答える。それに対して私も小声で返した。
「神殿に伝令出して出直すより、最高位の巫女のディリアさんがしたほうが、被害が少ないと思っただけだけど?」
「まあそうだけど……『忌み地』になってしまった土地を浄化するのはすごく大変なことなんだよ」
「そのための巫女でしょ。最高位の」
使えるものはなんでも使わなきゃ、と言うと、レーレンはふき出した。
その間にディリアさんは村人達から詳細を聞いたのか、私のほうを振り返って。
「場所は聞きました。すぐに行って浄化します。カリンさんも浄化というのをご覧になったほうが、どんなものか理解できるでしょう」
それは私にも来いって言うことかしらね。しかもこの場合、『忌み地』の浄化を見せるんじゃなくて、自分の力を見ろ、って意味で。断る理由もないし、自慢するその力を見てみたくなって頷いた。
そして、ディリアさんと私の二人で『忌み地』に向かうことになった。
嫌味またもや復活。
次回は2人きりの初イベント。
…って、たまにはと思って恋愛フラグっぽいのを立ててみたけど、主人公の心の中ではへし折ってそうだ;