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13 旅のはじまり

 蒼井くんの特訓のため、出発は数日延びた。

 その間、ディリアさんと堤さんからは刺すような視線を感じる。ってか、ディリアさん、あなたは巫女なんだから、そんな私情入りまくりな状態でいいのか、と問いたくなる。

 篠原さんはまだ心配しているのか、気になってちらちらと窺うような視線を感じる。

 問題の蒼井くんは、大野くんと一緒にヴァイスさんとしごかれているので、私のことまで気にしてられない――といった感じだった。

 それでも裏で着々と旅の準備は始まっているわけで、あれこれと荷物が増えていく。はっきりいって、最高位の巫女様がいるせいで荷物が増えるばかりだ。野宿できないだのなんだのといって。勇者ご一行は八人だけど、その後ろにバックアップがつくという、周囲から見たら実に間抜けな光景になるだろう。想像するだけでうんざりする。


 その間、私は特にやることがないので、レーレンから情報を引き出したり、リートたちから各地の状況を聞いたりと、情報収集が仕事のよう(私が勝手にしてるだけだけど)になっている。

 魔王の居城は魔族の地の中心にあって、そこまではおおよその距離は日本でいえば八百キロ弱くらい。東京からだとどれくらいだろうか。地理に詳しくないのでよく分からない。しかもメートルとこちらとでは長さが違うので、いちいちメートルに換算しなおしてからじゃないと把握できないから、思わず電卓が欲しくなる。

 とりあえず距離はそんな感じだけど、この世界ではよくて馬車のような乗り物しかない。だけど、そんなのに乗っていたら、いざ魔族が出てきたときに対応できないということで、徒歩になった。そのため、距離が出ても何日でたどり着けるのか分からない。

 ここまで状況を理解すると、もう面倒くさいのでそれ以上考えるのはやめた。あとはその場その場で対処していくしかない。

 そうして、だらだらと数日過ごしたあと、蒼井くんはじめ勇者一行はやっと旅に出た。



 ***



 この世界は緑が多くて一見すると穏やかなところに見える。魔族の被害などの問題もあるけど、アスファルトに阻まれた地面に比べると、なんかのどかなイメージがする。そんなところを歩いていた。

 荷物の多さにうんざりしてディリアさんに抗議して、隊商で旅慣れているレーレンの援護、プラス大野くんの口添えもあって、何とか一台の馬車に留めさせた。

 その馬車に、後方支援だからとディリアさん、堤さん、篠原さんが乗っている。残りは旅に必要な荷物で、貴族が乗る豪華な馬車じゃなくて、幌のついた荷馬車といったもの。

 で、何かあったらすぐに対処できるようにと、蒼井くん、大野くん、ヴァイスさんは歩き。私も剣を持っているので、徒歩になった。まあ、あの女性陣の中にいるより、疲れても歩いたほうがよっぽどマシだ。

 といっても、私たちも特に歩きなれているわけじゃないから、人のことはあまり言えない。ばてない程度に休みを入れて、足の筋肉の凝りをほぐした。


 ちなみに私たちはここに来たときの制服のままだった。なんでこうなったのかというと、制服が(蒼井くんたち男の子の)この国の王様に気に入られてしまったから。一応布地自体を強化させているし、必要なところは防具を付けている。

 あえてこちらの服にしたいとも思わないので、口を挟まなかった。こちらの服はちょっと……というより、還るチャンスがあるなら還りたいので、そのときにこちらの服を着ていると都合が悪い。私はまだ、還るということを諦めてはいないから。

 それに普通と違う格好というのは、人の目を自然に引くもので、希望の光――勇者一行が魔王討伐に出た――と、町に出てすぐに歓声が沸き起こった。

 そうか、王様、この効果も期待してたな。

 勇者の存在で人が希望に満たされるのなら、魔族になら敵対心、闘争心、恐怖心などが生まれるだろう。その辺を考えているんだろうか。こんなノロノロしている旅なら、すぐに魔王に勇者の存在を知られるだろうに。


 歩いている間、蒼井くんと大野くんは異世界を堪能しているかのような会話を繰り広げてる。想像の域での話は、ヴァイスさんが途中で訂正したり補ったりと、自然にこの世界の知識が身につくように仕向けていた。

 何気ないところでも二人を鍛えてこの世界でやっていけるように仕込むあたりがすごいな、と私は少し後ろで感心してみている。

 そして、さらにその横で「面白い光景だね」とのんびりした口調で語りかけるのはレーレンだった。彼は約束どおり一緒に歩いてくれた。


「面白いというより、私はレーレンがものすごくお人よしに見えるよ」

「そうかな? そう思っているのは僕だけじゃないよ」

「そう?」

「うん、ほら見てごらん。ヴァイス隊長が気にしてる。あと、ヨーイチって子も気にしてる。馬車に乗ってるマナミって子は今は分からないけど。完全に無視しようとしてるのは、勇者とディリア様とエリって子だけ」


 まあ、確かにレーレンが言った四人はこちらのことが多少なりとも気になるのか、意識している。篠原さんなんか旅に出る前も、気にして何回か声をかけようとしてた。私としては露骨に避けたのに、それでも心配するなんて本当に意外だ。

 まだ町から近いせいか、旅の一日目は何事もなく終わった。ただ、ほとんど進んでないんだけどね。魔王の居城にたどり着くまで、いったいどれくらいかかるんだろうか。



 ***



 旅の二日目。やっぱり筋肉痛になった。というより、足にできた肉刺が痛い。まだ夜明けだったので、疲れてみんな起きていない。そっと天幕の中から抜け出して外に出て、少し離れたところで足の肉刺に治療の力をかける。

 魔法じゃないので、いちいち呪文が要らない(覚えなくてもいい)のが便利なこの力。頭でイメージする。ただ、治れ治れと念じるだけだけど。一応成果があったのか、しばらくすると血が滲んでいたところは赤みが残っているものの、普通の皮膚に戻っていた。


「ま、こんなもんかな? 他の人たちは篠原さんの力で治っているだろうし」


 彼らはいったことを本当に実行していた。ご飯を食べた後、みんなで(レーレンとヴァイスさん除く)集まって、篠原さんに足にできた肉刺の治療をしてもらっていた。

 レーレンが「いいの?」と聞いたけど、別に構わないと答えた。篠原さんも気にしているのか、私に声をかけたけど、堤さんによって止められた。振り向いた私に「なんでもない」と、辛そうな表情で言う篠原さんに「そう」とだけ返した。

 見事にバラバラです、はい。いや、私のせいなんだけど。


 戻ると大野くんがもう起きていて、戻ってきた私に声をかけた。


「おはよう、相沢さん」

「……おはよう、大野くん」


 普通に声をかけてきたので、普通に返した。

 そういえば、大野くんはあまり茶化すわけでもなく、普通に気遣ってくれたっけ。こっちに来てからはヴァイスさんにしごかれているのを見るだけで話はしなかったけど。


「よく……眠れなかった? その……」

「別に、ただ単に早く起きただけ。こっちは向こうと違って空気はきれいだし、この場合は……」

「早起きは三文の徳?」

「そう、それ。なんか気持ちいいからそんな感じ」


 一人のほうが気が楽だし、みんなが起きてくる間、リートたちと話しながら時間をつぶそうと思っていたんだけど……まさか、大野くんが起きてくるとは思わなかった。

 とりあえず話をあわせながら適度な距離を保とうとするけど、大野くんはやっぱり今の状態を気にしているんだろう。「大丈夫?」とか尋ねてくる。


「ハヤト(あいつ)も悪いヤツじゃないけど、下手に熱血漢なところと優しいところがあるから。あいつにしたら、無理やり呼び出されたのにこっちの世界のことを心配しちゃってるし」

「まあ、それは分かるよ。教室では私によく声かけてきたもの。それに熱血漢でお人よしじゃなきゃ、『勇者』なんてできないでしょ」


 それでも少しきているところがあったので、大野くんが『優しい』といったところを、私は『お人よし』と代えて返した。

 その意図に気づいたのか、大野くんは後頭部をなでるようにして「参ったな」と呟く。


「堤さんだって仲のいいクラスメイトがそんな状態のところに、仲良くないのがいてしかも非協力的なら文句も言いたくなるよ。問題はディリアさん。私からすれば、あの人、最高位の巫女さんなのに――」

「私情入りまくってるよね、あの人」


 私の言葉にかぶせるように、大野くんは同意する言葉をさらりと口にした。

 なんだ、同じようなこと思ってたんだ。

やっと旅に出ました。

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