12 勇者の剣
レーレンはそれ以上深く聞いてこなかった。誰の心にだって触れてほしくないことや、知られたくない大切なことがある。それを察したからだろう。
でも、篠原さんは突き放したけど、レーレンはどうしようか? いまさら……な気がするし、レーレンのほうが上手く立ち回ってくれそうな気がする。
……分かってる。これは甘えだ。悪役に徹する――なんて威勢のいいことを言ったって、本音ではそう思われたくないから。だから、理解してくれるレーレンなら……と、思ってしまうんだ。
払いのけなくちゃ……いけないのに。
「僕にまで気張る必要ないよ」
「レーレン?」
「カリンがどんなものを抱えているか知らないけど、カリンは一人で抱えすぎてると思う。一緒に持ってあげられるほどカリンのことを知らないから偉そうなことは言えないけど……でも、一緒にいることくらいはできるよ?」
思わず目を見開いてレーレンを凝視してしまう。
さっきまでヤバイなら逃げるとか、そういったことを言っていたくせに、なんでそんなこと……
「僕には……先頭に立って戦う力がない。後方から守る力もない。でも、側にいることくらいできるよ。ごめんねカリン、そんなことしかできないけど……」
優しい笑顔とぽんと頭に置かれた手。どこか子どもをあやすかのような仕草だった。何か言おうと思っても、どういっていいのか分からなくて、軽く頷いたまま、しばらくの間、レーレンの顔が見れなかった。
しばらくすると落ち着いたのに気づいたのか、レーレンが頭から手を放した。
「あ、そうだ。ひとつ朗報だよ」
「ん?」
レーレンは何事もなかったのかのように振舞ってくれた。だから私も普通に戻って尋ねる。
「勇者ハヤトは属性が『風』なのに闘争心をめらめら燃やして、ヴァイス隊長とやりあってるよ」
「はあ、まあ、蒼井くんは熱血漢なところがあるように見えるから……どちらかというと属性が風ってほうがあってない気がしてたんだけど、もしかしたら火も扱えるんじゃないかな?」
「なるほど『火』の属性もあるのかもしれないってことだね。一人ひとつとは限らないんだし」
レーレンの目は「全部の属性を持っているのが目の前にいるしね」と語っている。いや、属性なんて本当は関係ないけど。適当に「そうだね」と答える。
でもまあ、見なくてもそのシーンが目に浮かぶようだよ。やる気になるのはいいことだから、この際揉まれておいで、蒼井くん。帰ったら県大会優勝なんて目じゃないよ。
と、その話は終わりにさせようとしたら。
「で、ね。もうひとつおまけがあって」
「なに?」
「ヴァイス隊長が今まで相手に合わせてきたけど、手を抜かなくなった」
ヴァイスさん、手を抜いていたのか。まあ当然かな。いくら勇者として呼ばれても、剣道をやっている蒼井くんに何も知らない大野くん相手じゃ――などと分析してるけど、勝手に意思を汲み取って動いてくれる剣を持っている私が語れることではないけど。
「とりあえず、結果的に良かったと思うことにするわ。なんか考えるの、面倒くさい」
「あれ、意外な答えだね。もう少し心配するかと思ってた」
「ん? 自分の実力に気づいてやる気なったならいいんじゃない? ヴァイスさんにやられたらそれだけの実力って分かるだろうし。とにかく強くなってもらわなきゃ始まらないでしょ」
魔王討伐の旅に出ました。魔族にあってやられました。おしまい――じゃ、お話にならない。
そう思ったから模擬試合と称したものに付き合ったし、剣の力を借りた私にでさえ勝てるような腕だったから、遠慮しないで勝つことにした。そのせいで、やる気になって強くなったら、少しは心配が減るってもの。
どうせ最初から仲がいいクラスメイトでもなかった。だから、帰るまで適度な距離を保っていたほうがいい。
……って、適度な距離とは言い難いのが現状なんだけど。その辺は置いておこう。あまり気にすると考え込むだけだ。
「そういえば、レーレンはそれを言いに来たの?」
「あー…まあ、カリンの様子が気になったのと、その報告と……もうひとつ気になることがあってね」
「気になること?」
「うん、あ、カリンの剣を見せてくれる?」
「それはいいけど……」
と横においておいた剣を手に取り、レーレンに渡した。するとレーレンは剣を鞘から抜き始めて――
「レーレン、抜かないほうがいいよ!」
「大丈夫、抜かないよ」
そういって鞘を少しずらした後、何かやっているのは見えたけど……剣、分解してるーっ!?
「レーレン、なにやって…!?」
「いや、ちょっと確認。…………あ、やっぱりそうだ!」
「なに?」
レーレンの手元を覗いてみると、どうやら剣の柄など余分な部分を外して銘などが書かれているところを見ているようだった。そこに書いてあるのは……
「eins? これを作った人の名前?」
でも、eins――どっかで聞いたことがあるような……どこだっけかな? と思っていると、レーレンがいつもより引き締まった表情で。
「いや、einsはこの剣の名だよ」
「この剣の?」
「ああ」
私の問いに答えながらも、レーレンは分解した剣と、アイテムと交換した手帳(シャーボだけではなんだったので、手帳もおまけにつけた)を交互に見ている。長さがどうのだの、細身なのも一致するだの独り言をブツブツと呟きながら。
仕方なく、レーレンが納得いくまで待つことにした。でも、アインス、アインス……どっかで聞いたことがあるんだけどな。どこだったかな――と考えている間に、レーレンのほうが納得したのか、「やっぱりだ…」と感嘆の声を漏らした。
「レーレン?」
「カリン、すごいよ、この剣!」
「は?」
一人で興奮しているレーレンについていけず、眉を顰めた。
するとレーレンは気づいたのか、手帳を私に見せた。右側のページには手書きの剣の絵が二つ。デザインなどはぜんぜん違う。そして、左側のページには、細かく書かれた文字。もちろん文字も読めるので、その文字をなぞるように見て――
「勇者の剣……?」
この剣と見た目が違う剣のことは、最初に呼び出された『勇者』が使っていた剣の詳細で、そこから、私が持つこの剣に行き着くまでの変遷が書かれていた。
「ちょっ、レーレンこれ本当なの!?」
「間違いないよ! カリンの剣のことが気になって調べてたんだ。そしたらどんどん出てくるじゃないか――」
と、さらにヒートアップしていくレーレンは、持っていた袋から何かを取り出した。ガサガサと乾いた音から紙のようなものだろう。案の定、手の中には少しくしゃっとなった紙が数枚。
「勇者を呼んだら来たのが五人。とりあえず、勇者と思しき力の持ち主には勇者の剣を、他の人にはどうしよう――ということで、アイテムの管理室で急いで四人に合いそうなのを選んだんだ。――で、これがそのアイテムの説明書」
そういいながら、それを手渡すレーレン。
それにはやはり『敵とみなしたものを斬る剣』と書いてあり、この剣の絵もあった。詳細には属性不明、敵とみなしたものをすべて斬る。担い手に見合った力でとあるが、その下の持ち主の履歴の短さを見れば、担い手の力に見合うという言葉がいまいち信じられない。
持ち主の履歴を見ると、たいてい死亡して返却が多い。アイテムは貴重だから、国で管理しているらしく、力があり勇者希望の人がいれば、登録して貸し出すというシステムらしい。だからアイテムの詳細もあるし、借りた人の履歴もある。
この剣、百年以上前には頻繁に借りる人がいたけど、だんだん減って、ここ六十年ほど管理部屋から出したことがないほどの、使ったら死ぬ確立高し、な剣だという。
「……ってぇ、めちゃくちゃ危ないものを、属性が分からないからって押し付けるな! あの巫女め!」
あのやろ…守らないって言うけど、こっちこそディリアさんの前に魔族が立ってもそのままそ知らぬ振りしてやるわ!
怒り心頭にしている私に、レーレンが落ち着いてとまた甘いお茶を差し出す。それを一気に飲み干して、はーっと深いため息を吐いた。
「カリンの気持ちは分かるけど……話を進めてもいい?」
「あーうん。どうしてこれが前の勇者の剣だって分かったの? 見た目だってぜんぜん違うじゃない」
刀身が細身なのはともかく、柄も鞘もまったく違う。どちらも替えがきくものだけど、ぜんぜん違うものに見えるほど替えられているし、勇者の剣ならもう少し大事に扱ってもいいはずだ。と、ブツブツとこぼす私を他所に。
「あ、もしかして歴代勇者の肖像画を見たの? 確かにあの絵だとこっちの形になるけど――」
と、手帳に描いてある別の形のほうを指差す。それに慌てて頷くと、レーレンは次に進める。
「剣を作ったのは当時有名な刀鍛冶のシュタールという人物で、その中でも精魂こめて作った力作らしいよ、このアインスは」
なんたって、魔王討伐のためだからね、と付け足す。
「魔王討伐のための勇者の剣……ね」
「うん、剣は残っていたみたいで、後から回収されたみたいだ。でもボロボロで、何度か修理しているうちに今の形になったみたいだよ。魔王封印という偉業を成し遂げた勇者の剣を使いたいってのが多くて、抽選になるほどの勢いで貸し出してたらしいんだよね」
……絶句。何も言葉が出てこない。
「魔王がいなくなってある程度平和になったけど、魔族はまだいるから勇者制度はなくなってないし。そんな中で、勇者の剣を持てるってのが、自慢だったみたいだね。前の勇者の属性は不明になっているから誰でも借りれたみたいだし」
「……」
なんかもう……馬鹿らしくて聞いていたくないんだけど。
とにかく、勇者が使っていた剣を持つことがステータス、みたいに思われて、自分の力のことなんか無視して、その剣を持てば強くなると思い込んだのか。
あげく、いざ敵と遭遇すると、自信満々に剣を抜くが、剣は力を勝手に引き出し敵と戦う。敵が倒れるまで力が持てばいい。でも持たなかった場合、また複数を相手にできるような力がなかった場合、剣の強さ以前の問題だ。
結局、そんなことを繰り返したあと、勇者の剣などとんでもない。自分以外の人間が使うのが気に入らないから、勇者がとり付いているんだ、呪いの剣だといって借りる人がいなくなったという。
その呪いの剣を押し付けたのは誰かしらねー? と台詞棒読みな感じで呟き、私の中でもディリアさんは敵とみなした。
あ、でも――
「レーレンが言うようにそんな風に思えなかったよ、この剣。私の意志をちゃんと汲み取って、私が動きやすいようにしてるって感じだったし、蒼井くんとやりあったときも、ぜんぜん疲れなかったし」
まあ、ほとんどかわしたりしてたから、動きも力も最低限。疲れるほどやってないといえばそれまでだけど。
「たぶん、カリンの力がそれだけ大きかったんだと思うけど」
「分からないって言っていたのに……」
「僕には相手の力を図る能力なんてないからね。あ、あと、カリンってその剣に対しても自然体だよね。気構えることもないし、かといって呪いの剣だと恐れることないし」
まあ、抜かなければ問題ないし、適当にしてようと思ったから――なんて正直に答える気もなく、「そう見える?」と適当に返した。
「うん、見える。だから他の人と違って、その剣が自身の担い手として認たんだと思う。だからカリンの意思に従ってくれてるんじゃないのかな?」
私の意志に沿ってくれるのはありがたいけど……よりにもよって、勇者の剣ですかい。
そんなのがばれたら、またいらぬ敵が増えそうだな、とため息をついた。
お休みが終わってしまったので、次からもう少しのんびり更新予定。
でも勢いは残ってるから、打ち込みだしたら早いかも。
※剣の銘の部分は今回、製作者じゃなくて剣の名前にしました。