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11 ただ単に、守りたいだけ。

 ぐるぐると視界が回る。倒れて意識をなくしてしまったほうが楽な気がした。

 第三の目を開いてから、周囲に漂う瘴気と、まともな考え方ができなくなって好戦的になっている人たちを見て、逃げ出してしまいたいと思った。

 でも、篠原さんみたいな人もいるんだ。治療系が得意な彼女の周りには、浄化作用があるのか瘴気がなかった。だから他の人の変異に気づいて、気になって来たんだろう。

 でも、私が謝って終わる話じゃない。

 今ここで適当に話をあわせても、どうせ、またぶつかる日が来る。彼らが瘴気に蝕まれている限り――


「あ、ここにいた。大丈夫、カリン?」


 頭上から声がする。声の主は……


「レー…レン」


 俯いていた顔をゆっくりと上げると、最初に話したときと変わらないレーレンの顔。

 なにより、彼も瘴気に蝕まれていなかった。


「大丈夫? カリン、顔色が悪い」

「ちょっと目が回るだけ。大丈夫だよ」


 頭を押さえながら座りなおすと、レーレンが隣に座る。


「ずいぶん苛々してるみたいだったけど、本当に大丈夫?」

「まあ、一応……だいぶ瘴気の濃さにうんざりはしてるけどね。レーレンこそ大丈夫なの?」

「まあ、こっちもなんとか。あ、このせいかな?」


 といってズボンのポケットをごそごそやって取り出したのは、携帯のストラップのように何かにつける紐がついた、三センチくらいのクリスタルの玉、その下に小粒のタイガーズアイに、ふさふさとした紐のかたまり。たぶん、これがレーレンのアイテムなんだろう。


「でも、なんでクリスタルのほうが大きいの?」


 属性なんて関係ないってリートたちから知ったけど、人が持っている知識でいけば、レーレンは地の属性だと言っていた。だとしたら、玉の大きさは逆だと思うんだけど……


「言ったよね、僕の力は弱いって。使えるほどじゃない。でも、クリスタルは力に関係なく、浄化や守護、増幅という力を持つからね。カリンの指輪も土台がクリスタルなのはそのせいなんだ」

「了解」


 だからクリスタルのほうが大きいんだ。それを常に身につけているから、レーレンは瘴気にやられないんだ。

 …………ん?


「それなら、クリスタルをみんなに配れば、瘴気でおかしくなることはないんじゃない?」

「まあそれは考えられたよ。でも、アイテムとして使えるほど純度の高いクリスタルってなると、また話は別でね。気休め程度のものならみんな持ってると思うけど」

「そうなんだ」


 確かに宝石には内包物や大きさで値段変わるものね。アイテムの場合は特に内包物かな。余分なものがあると、それが邪魔するのかもしれない。

 考えていると、レーレンが軽く頷く。こちらの考えが分かっているみたいに。


「一応、旅に出るときにはみんなに持たせるから、うちも純度の高いのを仕入れたけどね。瘴気にやられちゃっている場合、そのクリスタルでどこまで浄化してくれるか……」

「分からないってことね」

「そう、ディリア様まで……だからね」

「知ってたんだ」

「一応ね」


 知ってても、何もできないのって歯がゆいね――と、レーレンが付け足す。

 うん、そうだね。その気持ちは分かるよ。素直に頷くと、レーレンが尋ねる。


「どうして悪役ぶってまで、カリンはみんなを守りたいの? 頷いたのが理由?」


 レーレン……鋭いよ。でも、レーレンから言わせると、普通の人が見ればあからさまに分かるような接し方を、私はしてるらしい。


「さっき来たマナミって子。あの子を突き放したのも露骨過ぎるよ。まあ、みんな冷静な判断ってのができなくなっているから仕方ないと思うけど」


 冷静な判断――確かにそのとおり。篠原さんだって、瘴気にやられてはいないけど、不安は感じているのか、いつになく敏感だし。瘴気に蝕まれている人たちはなおさらだろう。


「でも、レーレンはその『冷静な判断』ができるんだよね」


 一介の旅の商人――の割りに、物事をきちんと把握し、また瘴気にも蝕まれない精神。それだけで普通じゃないよ、はっきり言って。そう返すと、レーレンは目を丸くしたあと、くすくすと笑う。


「レーレン」

「いや…ごめん。確かにそう思われても仕方ないと思うけど……逆に考えてみてよ」

「逆?」

「そう、僕らは旅の商人だ。いってしまえばどこにでも行ける。分かる? この国が強い『勇者』を他の国より望むのは、魔王の居城が近いから――だよ」

「あ…」


 一番最初に地図を見せてもらったとき、魔族が固まって存在するところがあった。それがこの国の北西のほう。大きさは小さいけど、魔族にとって国といっていいほどの大きさ。そして、魔族の地にとって南がここで、東は海、西は他の国に隣接しているけど、魔族を警戒しているため、近くに村はない。北は凍りに閉ざされた地なので、ここも人はほとんどいない。いるのは極寒を好む魔族のみ――いってしまえば、この国の北西国境付近が一番魔族の住む地に近い。

 魔族の地のほかにも、あちこち魔族は存在するけど、数の多さや魔王の居城(代々の魔王はそこにいるらしい)などから、一番魔族の脅威を感じるのはこの国だろう。

 でも……


「要するに、レーレンは逃げるんだ?」

「まあね。逃げてもいつかは被害に遭うだろうけど。まあそう思っているほうが気が楽だと思うことにしてる」


 それじゃあ意味ない――そんな私の気持ちを見透かしたように、レーレンはため息交じりの笑みを浮かべた。


「言いたいことは分かるよ。それに対して非難されても仕方ない。要するに気持ちのも問題なんだよ」

「なんか複雑な気持ち?」


 確かに力がなければ、逃げ回るのも手だよね。それに人と魔族の二種族がいるけど、歴史上どちらか片方が完全に支配されたという記録もなかった。

 魔王が短命なら、その間だけ、逃げるという選択肢もある。ただそれができるのは、レーレンのような自由な人のみなんだろうけど。


「実は今回案内を買ってでたのも、そんな弱腰な自分が嫌だったのもあるんだ。あと、勇者だって言われてるのが僕より年下なのに、僕は逃げるんだっていう劣等感とか。カリンのいうことは正しいから、余計に痛いんだよね」

「……ごめん、ちょっと気をつける」

「いや言われても仕方ないことだから。あ、でも実際の問題は、魔族の地より点在している魔族のほうが活性化していて、他国での被害のほうが大きいから、逃げても意味がないんだけどね」

「……は? ここより他の国のほうが被害が多いの」

「うん、実は。だからディリア様も全部把握してないんじゃないかな?」


 なんで魔族の地に近いこの国より、他の国のほうが被害が多いのかな。

 魔族の地、魔王の居城、そこが魔族の拠点だろうに、その近くじゃなくて遠くの地で――うーん……考えられるのは、点在している魔族が、魔王の誕生によって活気付くってことだけど。

 悩んでいると、レーレンが「確かな情報じゃないんだけど…」と前置きしてから話し出す。


「二百年前に封印された魔王ってまだそこにいると思うんだけど……」

「う、うん。下手に動かさないほうがいいかって聞いたけど……それが何か?」


 二百年前の魔王と聞いて、ドキッとした。今の魔王じゃなくて、前の魔王のせい?


「いや、封印しているのはクリスタル。要するに浄化作用があるんだよ。だから二百年もの間封印できてるんだろうし……そのクリスタルの影響が、魔族の地にも影響を与えているんじゃないかなって、僕は考えてる」

「浄化作用……ね。でも、完全じゃないよね。魔族はいるし、魔王も誕生した」


 私の問いに、レーレンが肯定するように頷く。

 各地を旅するレーレンはディリアさんよりよほど情報通で、ためになる情報をくれる。

 二百年前に魔王が封印されてから、魔族は彼らの地から出て各地に散ったものが多いという。で、今暴れているのは、魔王の誕生によって濃くなった瘴気を取り込み凶暴化した各地の魔族で、二百年前より各地の被害は大きくなっているらしい。


 んー……そうなると、他の国のことだから、本当に把握できてなかったのかな。ディリアさんを責めるように言ったけど、それならそうと言ってくれればいいのに。

 しかめっ面で考えていると、目の前に前に見たカップが差し出される。「少し休んだほうがいいよ」と、レーレンの声付きで。

 「ありがとう」といってカップを受け取ると、今回のお茶は冷たくて砂糖を入れた麦茶のようなものだった。


「カリン、疲れてそうだったから、甘いものにしたんだ」

「ありがとう」


 少し照れくさくて、レーレンの顔を見ずにカップに口をつける。甘くて冷たい飲み物は、潤いとそして冷静さを取り戻してくれた。

 『冷静な判断』を欠いていたのは自分も同じかもしれない。悪役に徹するといいながら、それでも彼らの言葉に傷つつかないわけがない。それに苛々していたのは確かだ。


「ね、話は戻るけど、どうしてそこまでするの?」

「うーん……まあ、いろいろ思うところがあってね……」


 気張りすぎて限界近いかもしれない。だから、レーレンには悪いけど、少しだけ愚痴に付き合ってもらおう。


「ここに来るちょっと前、怪我をして痛い思いしてるってのもあるんだけど……なんていうかな、人が信じられなかったの」

「カリン?」

「見張られて、騙されて――そんな中でも、たったひとつだけ信じられるものができた。私は……自分の中のそれを守りたいんだと思う」


 怪我からの復帰も、馴染めない学校生活も、それがあるから耐えられた。


「あと、そんな人ばかりじゃないって思いたいから、私は人を騙すようなことはしたくないって思うんだよ。隠し事はしても……ね」


 レーレンの問いに、ちゃんと答えないなっていないことは分かっている。

 でも、今の私に答えられるのはこれが精一杯だ。


「そう思って動いた結果が、レーレンの目からそう見えるだけ。私がそうしているのは、ただの自己満足にすぎないよ」


 レーレンに答えながらも、私はそのときのことを思い出して、自分の胸に手を当てて目を瞑った。


投稿サイトは初めてなので緊張してるんですが、そんな中でお気に入りに登録していただいたり、感想をいただけて励みになってます。


とりあえずぱらぱらと伏線らしきものはばら撒いてきたので、そろそろ旅に出て回収する方向へいく予定です。

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