10 嫌な存在として
リートたちの会話はイライラしていた気持ちを緩和させた。
いや違う。会話はなかなか進まないから疲れるけど、懐っこいリートたちに和まされる。手を出すとその上にちょこんと座る。手の上に重さは感じないけど、存在感は感じる。
今話しているのは力のこと。
この世界でいう『力』が超能力のようなものなら、リートたちが言うように属性なんて関係ない。ってことで、その説明を根気よく聞いている。けど、飲み物でも持ってくればよかったな……と、ちょっと後悔している。
“それでね、きづくと、そうなってたの”
“でも、わたしたちのこえ、だれもきこえないから”
“そのままになっちゃったんだよね”
「そ、そう。でも、昨日私に『闇』を使えばいいって言わなかった? ってことは、属性ってあるんじゃないの?」
第三の目は闇をまとえば気づかなくなる、と教えてくれたのはリートたちだった。その前の指輪を見えなくさせるのは光だったし。それらの説明をすると、リートたちはくすくすと笑う。
“だって、それは、あたりまえ”
“それを、つかってるから、あたりまえ”
と、似たような答えが返ってきた。
さて、考えてみよう。闇を纏うというのは微妙に違う気がするけど、自分自身を他人から分かりにくくするというのは、薄暗い中にいるのに似ている。
それにレーレンから教わった目くらましは、光の角度を変えることで見えなくなるというもの。どうしたらいいか分からないから、適当に乱反射するようにしたけど。光の屈折によって目は物を認識するから、『光』を使っている。
同じように考えて、相手を吹き飛ばす場合は空気が動く=風を使う。川とかで流れを変えたりとかすれば、水を使うって感じなのかな?
そんな解釈でいい? と尋ねると、リートたちは肯定する。
“でも、それは、こういうふうにしたい、っておもったけっか”
“わたしたちが、ちからをかす、わけじゃないよ”
「なるほど。あ、そいえば治療系は属性なんて関係ないよね。それらしい光とかだって本当の光にはそんな力がないし」
でも力の意味をちゃんと分かってないから、それを発動させるアイテムが必要になるんだろう。そうすることによって、自分から力の『属性』を狭めてしまうんだろう。
“そう、よくわかったね”
“かりん、べんきょうねっしん”
夏休み前にはある程度リハビリを終えたものの、学校に通うまでにはならなかった。でも、担任の先生が親切で、何度も見に来てくれたし、復帰後のテストで及第点を取れば何とかしてくれるよう交渉してくれた。だから、夏休みはほとんど勉強三昧で――
「はは…ちょうどここに来るまで補習やらなにやらでね……って、あんまりいい記憶じゃないから、その話はやめよう」
掘り出した記憶をパタパタと手を振りながら頭から払い出した。
それから椅子から立ち上がって、木の下に向かう。もそもそとしている土の精霊に「こんにちは」と話しかけた。
土の精霊はころころ丸っこいのとか、毛糸玉を連想させるようなもこもこしたのとか。人を小さくしたようなリートたちとだいぶ違う。
“こ…ちは?”
“だれ…?”
なにより……反応がのろいし言葉も少ない。
リートたちのいうことが分かる。でも、丸っこい体にくりくりの目で見られると、撫で回したくなるかわいさだ。思わず掴んでぐりぐりしてしまう。
“なぁに~? なぁに~?”
「そういうこと言われると余計かわいいから!」
パニックになっているけど逃げることもしないので、かわいいからぎゅうぎゅう抱きしめてしまう。するとリートたちが。
“つまんなーい”
“かまって、かまって”
と、頭の上にどかどかっとまとまってくっついてきた。なんか……リートたちにはずいぶん懐かれたようだ。「とりあえず待っててね」とだけ伝えて、土の精霊にも魔族による被害の情報収集の協力を頼んだ。
土の精霊たちはあまり動かないのでここにいる子たちは知らないというけど、近くの土地にいる子と多少の交流があるらしい。その子たちへ伝えてくれるのと協力を承諾してくれた。
…………どちらかというと無理やり? 土の精霊はリートたちが言うように無口なので、リートたちに輪をかけて気長に待たないと話にならない。それが待てなくて、さくっと勝手に決めさせてもらった。
ついでに土の精霊の呼び名は『エルデ』にした。これまた自分の少ない語録から合いそうなのを。
残るは、火、水、光、闇なんだけど、水はともかく他の精霊たちは情報収集には向かない気がする。そもそも、光と闇の精霊ってどうやって話すんだろう。情報収集は水の精霊だけで終わりにすることにしよう。
芝生のように整えられた草の上で座っていると、篠原さんが走ってくるのが見えた。
うーん……もしかして、文句を言うために探したのかな。篠原さんにはチクチク嫌味を言われたからなあ。でも今回は蒼井くんが『負けた』のが原因だし。
なんて思っていると。
「相沢さん! やっと見つけた」
ん? どうやら文句のためじゃない?
でもこれだけじゃ分からないから、リートとエルデは目に入れないようにして(見ると何か言いたくなるから)、改めて篠原さんのほうを向いた。
「なに?」
「なに、じゃないよ。謝りにいこう!」
「…………は?」
話の展開についていけず、間抜けた顔で答えるのがやっとだった。
「相沢さんは知らないけど、あのあと大変だったんだよ。蒼井くんとディリアさんは恥じかかされたって思ってるし、大野くんとヴァイスさんは一応もっと頑張ろうねって励ましてたけど……」
「いや、別にそれでいいんじゃない?」
負けて悔しがる気持ちがあるなら、もっと強くなろうって思うはず。ディリアさんはともかく、大野くんとヴァイスさんも励ましてくれたんだから、別に問題ないと思うんだけど……
「だから! 怒ったディリアさんが相沢さんのことを仲間として認められないって!」
「なんか……ツッコミどころ満載な発言だね。無理やり連れてこられたのに、仲間もへったくれもないし」
馬鹿馬鹿しいにもほどがある、と憮然とした表情で答えたけど、篠原さんの顔はかなり真剣だった。
どうして今になって心配するんだろう?
「確かにそうかもしれないけど……でも、ディリアさんとエリは相沢さんのことを助けないって」
はい?
分からないでいると、篠原さんは話を続けて。
「これから旅に出るのに、貴重な戦力だから連れて行くけど、でも護らないって言うの。それに私にも、相沢さんが怪我をしても治さなくていいって……なんか怖くなって、そんなのおかしいよって言ったのに、仲間じゃないから護る必要なんてないって。ディリアさん、巫女なのに……平気でそんなこと言うんだよ。怖いよ……」
うん、まあ……篠原さんの話はある程度は予想内のことだった。
ディリアさん、妙に蒼井くんに肩入れしてるし。堤さんも白黒はっきりさせたいタイプの人だから、こっちの回りくどいやり方にイライラしてるのも分かる。だからある程度予想してたんだよね。
ただ、予想外だったのは篠原さんが心配してくれたことだった。
「なんか、子どものケンカみたいね」
「相沢さん?」
心配している篠原さんには悪いけど、私は小馬鹿にするような口調で大げさに肩を竦めて見せる。
篠原さんはそんな態度を見て、緊張していた顔が間抜けた顔になる。
「幼稚、ってこと。馬鹿馬鹿しい。高校生にもなってガキ過ぎるよね。ディリアさんも最高位の巫女ってことで奢ってるみたいだし。別に私、助けてくださいなんて頼んでないよ。あくまでちゃんと元の世界に返せとしか言ってないもの。寝言は寝てからにしてほしいわ」
嫌味を長々と語ると、篠原さんは顔を顰めた。うん、これでまた、私は嫌な子に戻ったかな。
「まあ、わざわざ言ってきてくれたことはありがとう。でも、別に自分が悪いことしてないのに、謝る必要なんてないから」
「そんな単純なことじゃないよ! みんな変だよ!?」
「あー…もしかしたら、魔族の瘴気にやられて頭おかしくなったんじゃない?」
「なんで……」
「ん?」
「相沢さんだって、なんでそんなケンカ売るようなことばかり言ってるのよ! もう知らないっ!」
泣きそうな顔で叫んだ篠原さんは、それだけ言って走り去っていった。
その姿を見て、ふーとため息をつく。
私の心配をしたり助けようとすれば、篠原さんだってやばいんだよ。
さっき篠原さんに言ったのは嘘じゃない。第三の目を開いてから、より濃く見えるようになった瘴気は、この城の中でもあちこちに見かける。
最高位の巫女であるディリアさんの周りにも、勇者の蒼井くんの周りにも――
「だからまともな考え方ができてないんだよね。そんなのの餌食になる必要なんかないんだよ、篠原さん……」
呟くように言うと、いつも楽しそうにしゃべるリートたちが、少しだけ悲しそうに“かりん”“だいじょうぶ?”と心配そうに声をかけてくれていた。
感想ありがとうございました。今回は精霊のお母さん(笑)です。
精霊の名前。
風の精霊『リート』 歌う から。
土の精霊『エルデ』 土壌、地球 から。
次回はレーレンとの会話で、カリンの態度の理由がちょっとだけ出てくる予定。