09 模擬試合
次の日、夕食のときにいったように蒼井くんと模擬試合をすることになった。
名目なんて『稽古』の一言で済む。それを聞いた周りの人は物見高く集まってくる。
二年に一回の大会ならもっと派手なんだろうが、そんなものに出たいとも思わないので、この見世物のような状態に、すでにうんざりしていた。
「おい、相沢。やめてほしいって言うんなら、やめてもいいぜー」
もらった勇者の剣を肩でとんとんと叩きながら言う。蒼井くん、それ、悪役の台詞だから。ツッコミどころ満載な気がして、ふーとため息をついた。
嫌味たらしく蒼井くんの台詞を流して、ヴァイスさんとディリアさんのほうを向く。
「あの、本当にいいんですか? この剣、抜き身にしたら蒼井くんを“敵”とみなしますよ」
なんたって、私に対して敵対心燃やしてますから――と心の中で付け足す。
この剣は抜かないと意味がない。鞘をつけたままでも反応すると厄介だから、抜き身にしたときだけ力と敵に反応する。
――そんな剣を持たされたのだから、互いの『力』で模擬試合となると、代わりのものも使えないし、鞘をつけたままでも意味ない。互いに抜き身の剣でやりあう以上、大怪我をする可能性もあるのだ。
その意味合いをこめて大丈夫かと問う。
ディリアさんは蒼井くんが負けるわけがないと思って「平気です」といい、ヴァイスさんはなんともいえないのか、あいまいな笑みを浮かべるのみだった。
止める気ないんかっ!?
せめてヴァイスさんには少し期待したんだけどな…。ディリアさんのほうが立場は上だから、ディリアさんがオーケー出しているのに反対するのは難しいらしい。
私もこの剣がどれだけ使えるか分からないから、その辺は知りたいし……ま、いいか。
ただ、この剣がかなり優秀だった場合、勝敗は私も分からない。剣を見ながら自棄気味に鞘から抜き放つと、蒼井くんの怒気に剣が反応して小刻みに震えた。
「はじめ!」
ヴァイスさんの声が響く。同時に蒼井くんがこっち向かって駆け出した。力で風を使っているのか勢いがいい。すぐに私のところまで来て剣を振り下ろす。
その剣に対して、私は体を軽くひねりながらかわした。この剣は大きな動作については、避けるという選択肢も持っているらしい。
その後も私の力では劣る場合は、避ける、受け流すなどといった動作であまり動かずに蒼井くんの剣からすり抜ける。たいした動きもない私に対して、蒼井くんは大きな動作と『力』の消耗のため、少しだけど息が上がり始めていた。
それにしてもこの剣――私の意志も伝わっているんだろうか。あまりやる気がないために、流す、かわすといった選択ばかりしている。
無闇に敵を葬る危ない剣かと思いきや、使い手の意思を汲み取ってそれに応じた動きをする。思ったより優れものかもしれない。
そうすると、ここで攻めに転じたときどうなるのか気になってくるわけで。
剣もそれを感じ取ったのか、受けて流して蒼井くんの姿勢が崩れたときを狙って動く。蒼井くんは慌てて持っている剣でそれを防いだ。
大剣とまではいかなくても大振りの剣と、細身の剣とではぶつかり合ったときに長引けば不利になる。蒼井くんが受身になっている間に一度引いて、もう一度チャンスを窺う。
すると蒼井くんは息を整えて剣を構えた。剣道をやっていただけあって構えはしっかりとしている。けれど、いざ斬りあいになったとき、いちいち構えてなんていられない。
剣は私の意志を汲み取ったのか、前に踏み出し攻撃する形を見せる。蒼井くんはそれを見て、剣を振り上げた。抜き身だということを忘れてるなーと思わないでもなかったが、そこはとりあえずおいておこう。
三歩目で体を思い切り低くし、蒼井くんの剣をかわして、立ち上がる動作と同時に蒼井くんの懐に飛び込む。そのときに、素早く剣を短刀のように持ち直し、中腰の状態のときにはがら空きになった蒼井くんの胴体に剣を横にピタリとつけて、“止めた”。
「待て! 終わりだ!」
ヴァイスさんが慌てて間に入って止める。
“敵とみなしたものを斬る剣”だから、蒼井くんが怪我をすると思ったのだろう。でもちゃんと止めていたんだ。蒼井くんの服に触れるかどうかのところで。蒼井くんに向けていた剣を下ろして立ち上がってから、剣を鞘に収めた。
蒼井くんはこうなるとは思わなかったのか、目を見開いて固まっていた。
そういや、蒼井くん、剣道やってるけど、大会で優勝とかまでは聞いてなかった気が……五人の中では一番剣に慣れてはいるんだろうけど。
でも一番ヤバイ結果になった。『勇者の従者』が『勇者』に勝っちゃったよ。はー……もういいや、悪役に徹してやるよ。面倒くさい。
はあ、と大げさにため息をついて。
「――で? たいした腕だね、蒼井くん。それで『勇者』なんだ?」
嘲るように言うと、蒼井くんは悔しそうに歯噛みする。それに追い討ちをかけるように。
「“おまけ”に勝てないようじゃ、もう少し頑張ったほうがいいんじゃない?」
馬鹿にしたような口調で止めを刺して、ディリアさんに一言「もう、用ないよね」とだけ告げると、私はその場から立ち去った。
***
私は稽古場から立ち去ったあと、昨日レーレンと話をした庭に来ていた。
木々の合間に土の精霊たちがもそもそと動いているのが見える。さて、どうやって話しかけようかと考えていると。
“すごいね”
“やっぱり、ゆうしゃ、は、すごいね”
リートたちが楽しそうに言う。
「いや、私は『勇者』じゃないよ。あ、私の名前は花梨ね」
“かりん?”
“それがなまえ?”
「そうだよ。それに私は勇者についてたおまけだよ」
蒼井くんにだって『巻き込まれた』と言われたし、蒼井くんに勝っても、自分が勇者になりたいわけじゃない。ただ、身の危険ってのを知ってほしかっただけ。
“おまけ、だって”
“ゆうしゃより、つよいのに?”
“ちゃんと、ちからを、つかえるのに?”
こちらの複雑な心境なんて関係なく、リートたちは楽しそうにおしゃべりしている。
…って、ちゃんと力を使える? みんなだって力を使ってるのに? 気になってリートたちに話しかける。
「ちゃんと使えるってどういう意味?」
“そのまま”
“ちから、は、ちから”
“それを、ちゃんと、つかえるのは、かりん、だけ”
あまり言葉遊びをしたい心境ではないんだけど、唯一の情報源がリートたちなので、根気よく耳を傾ける。
“ほんとうは、ひとがいう、ぞくせい、なんてない”
“そうそう。ちゃんと、つかえないから、ひとがつくった、かってな、おもいこみ”
“けいとう、ってのは、あるていどあるよ”
“でも、こうげきてきか、ほしゅてきかの、ちがいだけ”
身も蓋もないような話だ。
でも精霊が見える人はいないし、魔法とかで精霊とかを使ってするのじゃないなら、自己の力になる。たとえば、相手を押し出すつもりで圧力をかけた場合、それが人にとって『風を操った』と取れるのかな?
そもそも『力』そのものがどういったものなのか、人がよく分かってないんだろう。
「でも難しい言葉知ってるね」
“ひとのことば、あちこちで、きくから”
“きいていると、たのしいよ”
好奇心旺盛な風の精霊はくすくすと笑いながらしゃべる。
そんな風の精霊と違って、土の精霊は無口で近寄って来ない。警戒しているのか、見ていることに気づいてないのか、どちらか分からないけど、リートたちと話しても自分から口を出そうというのはいなかった。
“しょうがないよ”
“つちのせいれいは、むくちで、のろのろ”
“そうそう、ころがすと、おもしろい”
なかなか物騒なことを平気で口にするリートたち。風の精霊、リートは気まぐれで、楽しいことが大好きらしい。
土の精霊は、あまり動かないで仲間同士ともあまりおしゃべりしない無口な存在らしい。まあ、大地とか地の属性とかいえば、我慢強いとか、しっかりしているとかそんな風に言われるし。その辺はどこへ行っても同じなのだろう。
「いや、それはどうかと思うから……それよりもう少し力について聞かせて?」
脱線しかけて話を元に戻すために、私はもう一度リートたちに『力』について尋ねた。
迷ったけど、結局勝たせてしまった;
なんか後ろから勇者を育てる存在になりつつある…? 苦労性な主人公になりました。