夜明け前の青の色
朝の教室は、まだ世界が完全じゃない。
窓から入る光が薄くて、机や椅子の輪郭が少し曖昧に見える。
君が席に着く音で、教室が動き出す。
椅子が鳴って、ノートが開かれる。
それだけで、今日は大丈夫だと思えた。
目が合う瞬間は、いつも短い。
たぶん、0.3秒くらい。
その間に、頭の中で同じ言葉を何度も繰り返す。
声にはしない。
言葉にしてしまうと、形が変わってしまいそうだったから。
君のことを、調べなかった。
家も、好きなものも、何も。
知ろうとすることが、どこか越えてしまう気がした。
好きになるより先に、
嫌われる可能性のほうが思い浮かぶ時代に、
僕は生きている。
だから目で追ってしまう自分に気づくたび、
少しだけ怖くなる。
今の僕は、許されているだろうか。
何もしていないのに、
何かをしてしまったような気分になる。
君が笑った。
誰に向けたものかは見なかった。
見なくていいことも、きっとある。
夜明け前、眠れないまま君のことを考えていた。
カーテンの隙間から、空の色が変わっていくのを見ていた。
青い。
でも昼の青じゃない。
名前をつけるには、少し頼りない色だった。
あの日の青は、
何とも言い難くて、
君への想いと重なって見えた。
はっきりしないまま、
でも確かに、そこにあった。
空は次第に明るくなっていく。
朝は、ちゃんと来てしまう。
それなのに僕の想いは、
逆に夜へ帰っていく。
朝になれば君に会える。
それは嬉しいはずなのに、
気持ちは夜に置いてきたままだ。
あの青は、
すぐに別の色に上書きされてしまった。
でも、僕の中ではまだ残っている。
昇降口で、偶然、目が合った。
たぶん偶然だ。
それでも、その一瞬で、
今日を生き延びた気がした。
一日は、意外とそれだけで成立する。
君に名前を呼ばれたら、
それだけで世界が終わってもいいと思った。
もちろん、終わらなかった。
だから今日も言わない。
飲み込んだまま、青い空を見る。
苦しいけれど、
あの夜明け前の色を、
僕は綺麗なままにしておきたい。
こんな気持ちに、
名前をつけなかったことがある人は、
きっと一人じゃない。




