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マイノリティ青春グラフィティ  作者: 水稀リョウ
第1話
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第1話(9) 薄茶色の髪の彼女

「ぐあーー! 終わったぁ!」

 

 寮長に案内された202号室は6畳ほどの個室だった。

 亜希は部屋の中に届いていた段ボールの荷解きを終えると、ベッドにどさっ、と腰を下ろした。


「……。大阪かー…」


 引っ越し作業の終わった部屋をぐるりと見渡して、つぶやく。

 ドアを入って正面に大きな窓があり、左側にベッド、右側には本棚や学習机などが一体になった家具が備え付けられていた。

 それらに自分の持ち物の並べられた部屋を見てようやく、亜希は大阪へやってきたのだという実感が湧いてきた。

 

〘チカンに間違われたり雨に降られたり、散々な初日やったでホンマ……〙


 と今日起こった様々な災難を振り返りながら溜め息を吐く。


〘おまけになんじゃ、あの久住さん(おとなり)――ほんま大阪って――〙


 そしてやれやれ、と頭を振りながらベッドから重い腰を上げると――


 亜希は机の下からきゅるっと椅子を引き出して軽快に腰掛け、机の上に設置したばかりのノートパソコンをずいっと手前に引き寄せた。


「美人が多そうやんか~~いや来てよかったァ! どれ、では早速出会いを…」


 ぱかっ!


 久住先輩は美人だった。亜希は睨み付けられた時の先輩の艷やかな瞳を思い出しながら、うきうきでノートパソコンを開き、いつもの出会い掲示板にアクセスした。


 しかし目当てのスレッドを探しながら、「でも…」とその手を止めた。


「……駅のあの子には、最後まで女やとは言えんかったな……あーあ、もし男のフリしとったとかバレたら、恥ずかし過ぎて死ねるやん」


 と苦笑いを浮かべながら首の後ろをさする。

 再三『女だ』と告げるチャンスがあったのに、彼女にはなぜか意地になってしまった。


「ま! もう会うことも無いやろしえーかぁ! ……ん? もうこんな時間か」


 ノートパソコンを見ると、時計が夕食の時間を示していた。

 

「……寮長、1階の食堂にポットあるって言うとったっけ」


 亜希はノートパソコンを閉じると、机の上のカップ麺を手に立ち上がった。



 ***

 

 

 ……その頃。


 ガッチャン。

 

 サアサアと小雨の降る中、寮の玄関を開ける者がいた。

 傘を仕舞い、身体とカバンについた雨粒を軽く払って、玄関を上がる。

 彼女はカラ、と自分の赤札を返そうとして、見慣れぬ札に気付いた。

 

「ああ、青山さん、おかえり」

「寮長さん、こんばんは」


 ちょうど寮長室から出てきた寮長に、声を掛けられ振り向く。


「来たんですか?」

 彼女は毛先の濡れた薄茶色の髪をハラ、と揺らすと、嬉しそうに1枚の札を指さした。

 

「ああ、そうそう。君と同じ学校の」

「わー、あとで会いに行こ」

「ふふ、でも見たらちょっと驚いちゃうかもね。だから今、ビラ作ってるんだ」

「ビラ?」


 階段下、名札ボードの前で二人が談笑しているところへ。

 廊下の奥から背丈の低い黒髪の女の子がやってきて、薄茶色の髪の彼女に声を掛けた。


「あ、葉月おかえりー」

「結衣」


「ごめん、お待たせ」

 葉月と呼ばれた薄茶色の髪の彼女が、結衣と呼ばれた女の子に詫びる。

「ううん、もうほとんどできとるから食堂おいで」

 頭上で小さくタン、タン……と音がしていたが、談笑の声に紛れて誰も気に留めない。


「あ! そういえば雨! 傘大丈夫やった?」

 と女の子が話を振ると、薄茶色の髪の彼女は、はは、と笑って、肩に付いた水滴をもう一度軽く払った。

 


「はは、それがさー…」



 ボトッ。

 

 トッ! トッ、トッ、コロコロコロ……


 

 (にわか)に頭上で鳴った異音に、三人の談笑が止まった。

 階段の上の方から、乾いた音を立てながら何かが落ちてくる。誰かが途中でカップ麺だと気付いたそれは、踏み板を跳ねながら1階まで落ちるとコロコロと転がって、やがてその薄茶色の髪の彼女の足に当たって揺れた。


 三人の視線がその未開封のカップ麺から一斉に頭上へと移り、寮長が「おや」と声を出した。


「噂をすれば、早瀬さん」



 その視線の先、2階への階段の中段で、割り箸を手にした亜希が呆然と立ち尽くしていた。

 にこやかに亜希を見上げる寮長の横で、薄茶色の髪の彼女と、背の低い女の子がぽかんとした顔でこちらを見上げている。

 

 その薄茶色の髪の彼女は、駅で会った、彼女だった。


 

 ***



 好きな人に「好きだ」と言える――それはとても幸せなことだろう。

 だがこの早瀬亜希は、まだ一度も「好きだ」と伝えたことがない。

 

 最後の恋は、高校3年間におよぶ片思い。

 カミングアウトすらできずに、

 卒業式の日、目の前で好きな子がかっさらわれるのをただ黙って見ていた。

 

 そんな亜希、だが――

 

 やがてこの彼女に、黙って譲るわけにはいかない恋をすることになる――。


 これは早瀬亜希、二十歳の頃の、

 彼女に「好きだ」と伝えるまでの1年間を描く、

 まっすぐで、不格好な、青春の記録――

 

 ……しかしどうやら、大阪初日で死んだらしい。



 亜希は階段の下を見て呆然とした。

 あの横長の深い瞳が、自分を見上げてぽかんとしている。

 事態を飲み込んだ亜希の顔が、みるみる青ざめていく――


「うっげ!」


 窓の外、サアサアと雨の降り続ける春の夜――大阪西中島の女子寮に亜希の小さな悲鳴が上がった。

第1話 『大阪へ行こう』 END

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