第1話(8) お隣の久住さん
ガンッ! ベココン!
「くっ、久住さん?!」
青ざめた寮長が慌てて声を上げた。
見ると、階段を上がって左側、突き当たりの部屋のドアを、黒髪ストレートの女性がガンガンと蹴り付けていた。
「ああ、寮長」
黒髪の女性はこちらに気付くと、落ち着いたトーンでそうつぶやいた。
そして冷ややかな目で寮長を一瞥すると、ショートパンツの裾からすらりと伸びる、ドアの壁にべったりとスリッパの裏を付けたままだった脚を、ゆっくりとおろした。
〘な、なんじゃこの人は……〙
亜希はその様子を唖然として見守りながら、女性の蹴る部屋のドアに書かれた番号に目をやった。『201』、と書かれていた。
「久住さん、な、何してるの?」
「なんか最近ドアの閉まりが悪いんですけど」
「そ、そうなんだ。後で見させてもらうね」
笑顔のまま、しかし声を震わせながら聞く寮長に、彼女は腕を組みながら気怠そうに答えた。まっすぐに伸びた黒髪がパーカーのフードに入るのを気にするように、時々目をやっている。
「あっ早瀬さん紹介するね。君のお隣で、同じ学校の1つ上の先輩の久住リカさん。とってもいい子なんだよ」
「…そーですか?」
彼女を『いい子』と紹介した寮長に、亜希は疑いの目を向けた。
さっきまで真面目そうに見えていた彼の四角い黒縁のメガネは、いまや冷や汗で曇り、胡散臭く見えた。
「隣?」寮長の言葉に久住さんが眉をひそめた。「あんた女?」
「は、はい…」
ワンレンの黒髪から覗く優美に垂れた切れ長の瞳が、亜希を鋭く睨み付ける。
頭半分ほど小さい久住さんに下から顔を覗き込まれるように品定めされ、亜希はたじろいだ。
「あっ! そうそう、この子女の子!」
彼女に詰め寄られて怯む亜希の前に、寮長が慌てて割り込んだ。
「早瀬亜希さん、君のお隣なんだ。仲良くしてあげてね」
〘こ、こんな人と仲良くとか、どうやって?〙
亜希は疑問に思ったが、とりあえずぺこ、と久住さんに頭を下げておいた。
「なんだ女かぁ、つまらん。とにかく、迷惑かけないでね」
久住さんは面倒くさそうにそう言うと、フードに入り込んだ黒髪をピシャッと手で払い、去っていった。
「ふう、しかしこりゃ困ったね。君のこと、みんなに教えておかなきゃいけないな」
「なんかすみません…」
久住さんの去った後、亜希と寮長の肩からどっと力が抜け、二人して汗を拭ったのだった。




