第1話(6) 雨の中
サー…
「嫌いかもしれん、大阪……」
ロータリーに出た亜希は、どんよりとした空を見上げると、遠い目をしてつぶやいた。
地元でも女子トイレで男に間違われることは度々あったが、チカンにまで間違われたのは初めてだ。
せっかくの大阪初日に散々な目に遭って、その上、雨に降られるなんて。
――そう、天気予報では晴れのはずだったのに、外に出ると雨まで降り始めていた。
〘まーこんなこともあろうかと、傘は手持ちにしたけどさ……〙
心の中でぼやきつつ、気を取り直して手に持っていた傘の紐を解く。
と、近くから、
「うーん」
と悩ましい声が聞こえてきて、亜希は顔を上げた。
〘うげっ!〙
薄茶色の髪の――さっきのチカン騒ぎの彼女が、少し離れたところに立っていた。
ギクリとした亜希だったが、見ると、彼女は手のひらに雨粒を受けて困った顔をしている。
彼女は屋根のあるところで雨の降るのを見上げ、この後の天気を案じながら、濡れて帰るべきか、それとも雨が止むのを待つべきかを思案しているようだった。
先ほどは男たちの視線を集めていた彼女だったが、今はみんな雨に気を取られているのか、彼女を気に掛ける男性もいないようだ。
〘……年下、ぽいかな……〙
こうして見ると、心配そうに空を見上げる彼女はさっきより幼く見えた。
「…」
亜希はチラ、と自分のカバンに目をやった。
実は、折りたたみ傘もカバンに入れて持ってきていた。
一瞬渡してやろうか……と過ったが、思い留まった。
〘かわいそうやけど――また騒がれたらかなわんし〙
そう思い直して、亜希は傘を開いた。
傘で顔を隠し、彼女の脇を抜けて、ぴちゃ、と歩道に出る。
彼女の気配が後ろに遠ざかり、ほっと胸を撫で下ろした、その時。
ザーッ!
「えっ!」
「えっ!」
急に大降りになり、彼女と亜希は、一斉に声を上げた。
「えーっ嘘やん! 最悪~!」
「…」
後ろで彼女の喚き声がする……。亜希は溜め息を吐くと、くるり、と踵を返した。
「あの」
「うわっ、さっきの?! ついてきたっ?!」
声を掛けた亜希に気付くなり、彼女は身構えた。
「ちがうし! それ誤解やから!」
だが今度は亜希も、強く訴えた。
が、身構えたままの彼女に、すぐに溜め息を吐いた。
「…まぁ、別にもうどっちでもいいよ」
亜希は一度横を向いて首の後ろをさすると、彼女に折りたたみ傘を差し出した。
「よかったらこれどうぞ。古いし、どうせあんま使わないんであげるよ」
彼女はきょとんとした顔で、折りたたみ傘を、次いで亜希を見た。
そしてにこりとする亜希に、ニ度瞬きをした。
それからもう一度瞬きをしながら折りたたみ傘と亜希に目をやると、礼を言いながら素直に傘を受け取った。
「…ありがとう、ございます」
そんな彼女を見て、亜希は最後にもう一度彼女に笑顔を見せると、背を向け、その場を後にした。
そして歩き出してすぐに後悔するのであった。
〘ま、また女って言えんかった…!〙
***
「はは、ほんまに貰ってよかったんかな? 悪い人ではなさそうやけど……」
遠ざかっていく亜希の後ろ姿を見届けながら、薄茶色の髪の彼女はこぼした。
片眉を上げながらも、その口元が少しだけほころぶ。
が、すぐに違和感に首を傾げた。
「でもなんか、にこってした時……」
「ま、えーか。念のため家つけられんように、ウロウロしてから帰ろ」
彼女はそう言って折りたたみ傘をバッグに仕舞うと、駅の中へと戻っていった。




