第1話(5) 女だと、言えない
〘これが大阪のお姉さん――いや大学生? 年下かも? 兎にも角にも高まる期待……!〙
スタスタ。
スタスタ。
と、亜希が浮かれながら駅の構内を歩いていると……
――目の前の人影がピタ、と足を止めて、亜希をくるりと振り返った。
「あの、なんでついてくるんですか?」
「えっ?」
唐突に指摘され、亜希は狼狽えた。
振り返ったのは、先ほどの美人のお姉さんだった。
気付かぬうちにお姉さんの後を歩いていたらしい。
「こっち女子トイレですけど!」
「ええっ?!」
お姉さんは怪訝な顔をして女子トイレのプレートを指差した。
〘…って、わかってて女子トイレに来とるんじゃーい!〙
「いや、なんでって…」
苦笑いを浮かべる亜希。が、お姉さんは騒ぎ出した。
「えっ、もしかして中に入ろうとしとった? えっ、もしかして、チカン?!」
「えっ?! いや、ちが…っ!」
亜希は焦った。
お姉さんはもはや、亜希を疑いの眼差しで睨み付けていた。
「じっ、自分は――!」
言いかけて、口を噤む。「女」と言ってしまえば済む話、だが……
〘……い、言えん……!〙
「…!」
亜希を睨み付けるお姉さん。その深い瞳に、亜希は口を縛り、呑み込んだ。
べつに男になりたいわけではないが、かわいい子の前ではなんとなく男のフリをしていたい――それは多分いくらかの『期待』と、そして――
「駅員さん、この人です!」
「失礼、あなたがチカンですか? ちょっとこちらまで…」
「…クソ!」
亜希が言い淀むうちに駅員がやってきてしまい、亜希は逃げるようにその場を去った。
〘クソ…〙
亜希は自分のセクシャリティを呪った。
男の格好をしている自分が、男と間違われてしまうのは仕方ない。
だが、だからといって、女性らしい格好もしたくないし、気になる女性に簡単に女だと明かしたくもない――。
それから亜希は別の女子トイレを探した。
今度は男と間違われぬよう、不本意だが、肩をなよっとさせて、小指も無駄に立てた。
「えっ…あの人、女、かなぁ…?」女性たちのそんな視線を感じながらも、問い詰める隙を与えぬようさも「私、女ですけど?」と言った顔で女子トイレの奥へと入り込んだ。
〘よし、これで…!〙
「キャーッ、男ーっ?!」
「お、女ですーっ!」
・2026.01.16 亜希のセクシャリティ問題について加筆しました(その他の微修正については記録を省略しています)




