第4話(1) その後
亜希の叩き落としたチューハイの缶が、床でゴロ…と重い音を立てて転がった。
その場にいた三人の誰もその缶には目もくれず、ただ、「男は好きじゃない」と亜希の言い放った言葉の意味を理解できずに、沈黙が続いていた。
――亜希自身でさえも。自分の放った言葉に呆然として、ただ葉月を見ていた。
葉月はただまっすぐと亜希を見ていた。
その反応に耐えられずに顔を伏せた亜希を、結衣が心配そうに見つめた。
「女が好きってこと?」
まっすぐと亜希を見たまま問う、よく澄んだ葉月の声が、亜希を刺した。
***
「……」
女は202号室のドアの前で足を止めていた。
顎先を覆う毛先の不揃いな黒髪から出た耳を、じっとドアに傾けて。
胸の前に抱えた洗濯カゴの奥に、簡素に縫い付けられた名札を覗かせながら。
その半袖の体操着とえんじ色の学校ジャージのズボンを履いた女は、ドアの前でしばらく聞き耳を立てると、廊下の奥にある洗濯機の前へと歩いた。
「……」
考え事をしながら、カゴの中の洗濯物を掴み、洗濯機の中へ、ぼと、と落としていく。
そしてカゴから全部落とし終わると、女は洗濯機を回した。
ジャー…ゴウンゴウンゴウン…
廊下の奥で、不穏な物音が鳴り響いた。
***
葉月と結衣の去った後。床にチューハイの缶の転がったままの部屋で、亜希は一人ベッドで塞ぎ込んでいた。
抱えきれない自分の気持ちを押し付けるように、うつぶせになってシーツに身をうずめて。
『ええよ、気にせんで』
『うちらも気にせんし。なぁ?』
『うん』
あの後、葉月の残した言葉が、亜希の頭の中で何度も反響していた。
ようやく肯定してもらえたはずの彼女の言葉に殴り付けられるように、何度も何度も苦しみながら寝返りを打って、最後は腕で目元を塞ぐようにして仰向けになった。
『自分らしく おればええやん』
まぶたの裏に残る、そう言う彼女(葉月)の、まっすぐと自分を見つめる瞳が、たまらなく痛い。
誰より自分がそれ(自分らしさ)を求めているのに。
腕を被せたその顔の、亜希の頬は決して濡れてはいない。だが代わりに、腕の陰から、左目の下、縦に並ぶニ連のほくろが覗くのだ。
亜希は何度も彼女の瞳に打ちのめされた後、腕で顔を覆うのを止めた。
仰向けのまま、その手で自分の目に掛かっていた前髪を摘んでぼうっと見つめた。
その目は虚ろだが、完全には光を失ってはいない。
シーツを握りしめ、立ち上がる。
亜希は夜の街へと部屋を飛び出した。




