第3話(5) まさか
クラスの出し物が決まった数日後――寮、亜希の部屋。
後ろのベッドに座って葉月と結衣がテレビを観る中、亜希は机に向かい、かちゃかちゃとノートパソコンを鳴らしていた。
「へー亜希のクラス、クイズするんや。それで問題まとめとんの?」
机の上に積まれたなぞなぞやクイズの本を見て葉月が訊く。
「うん。あと台本作りも担当になった」
「わー大変そう」
《まー、出し物決める時なんもできんかったしな》
せめて自分にできることをやろうと、ノートパソコンを持っている亜希が資料作り諸々を買って出たのだった。
亜希もかちゃかちゃと鳴らしながら後ろの二人に訊いた。
「自分らは何するん?」
「うちは一発芸をひたすら」
「えー結衣が一発芸?!」
「あはは、私は裏方やけどね」
「葉月のとこは?」
「うちは内緒」
「なんでー?」
葉月のクラスの出し物は秘密ということで、亜希は当日を楽しみにすることにした。
「クイズの答え教えてや」
「アカンよ」
「じゃ問題でええで」
「アカンて」
葉月が答えを聞き出そうとする中、亜希はノートパソコンの画面を隠しながら作業した。
「それにしてもあっついなー」
とベッドに腰掛けていた結衣が、窓の外に目を向けながら手で顔を扇いだ。
6月の後半、カーテンをふくらませながら入ってくる風は湿った熱気を帯びている。
「なー。アイスとか食べたーい」
アイスと聞いて亜希は手を止め、二人を振り返った。
「あるよ」
「えっ?」
「バーゲンヨッツ3個、冷蔵庫にあるから取ってき。簿記で二人にお世話になったお礼な」
「えー? やったー!」
亜希が言うと、葉月と結衣はパタパタと廊下へ出ていった。
冷蔵庫や洗濯機は個室には付いておらず、各階の廊下にある共有のものを使っているのだ。
***
パタパタ……がちゃ。
「あれぇ?」
***
「亜希ー…2個しか無かったけど」
と、アイスを取りに行った葉月と結衣が首を傾げながら部屋に戻ってきて、亜希に2つだけのアイスを見せた。
「…え?」
「ま、お礼やししゃーない。うちらでもらっとくね」
葉月が言うと、二人はアイスを食べ始めた。
「おいしー。さすがバーゲンヨッツ」
「…」
二人が目の前でアイスを食べる中、亜希は3つめのアイスの行方に思いを巡らせた。
***
「あーそれ多分、久住っスね」
後日の朝食時。亜希が食堂で顔を合わせた矢野先輩に冷蔵庫の件をこぼすと、矢野先輩が顔の前で人差し指を立てながら教えてくれた。
「えっ?!」
朝食プレートを手に取りながら驚く亜希に、矢野先輩が続ける。
「アイツ冷蔵庫泥棒の常習犯なんス」
「え~まさかぁ。あんな美脚でそんなこと…」
亜希は泥棒ヒゲを生やした久住先輩が、唐草模様の風呂敷を背負ってあの美脚をそろりそろりと忍ばせる姿を想像して驚いた。
「美脚とか関係あります? …あっ、久住!」
「えっ?」
ひょいっ。
久住先輩が横から現れて、亜希の手に持っていた朝食プレートから200ミリの紙パックジュースを取り上げた。
指で押し出したストローを銀色のフィルムにぐいと突き刺し、そのいつもは優美に垂れた眉を吊り上げる。
「誰が泥棒って? ちゃんと『あんたの』ってわかって盗っとんの。『ツケとく』言うたやろ?」
「ツケ?」亜希はぽかんとした。
『ツケとくから』――久住先輩から数日前に言われた言葉を思い出す。
「あんたが隣に来たせいでねー! 目覚ましはうっさいし、ベランダにきったない洗濯物(靴下)は転がってくるし! あたしがどれだけ迷惑しとると思っとんのっ?!」
「えっ、えっ?!」
久住先輩は亜希に向けたジュースをぶしゅぶしゅと握り潰しながら捲し立てた。
「アイスの1つや2つで済まんから!」
久住先輩はきれいな方の手でピシャッ!と髪を払うと、もう片方の手に握りしめたりんごジュースから汁を垂らしながら去っていった。
「…こりゃ自分の部屋に冷蔵庫置いた方がよさそうっスねー」
「…」
亜希はびしゃびしゃになった顔で呆然と久住先輩の背中を見送りながら、先輩との恋は永遠に始まらないと悟った。
***
数日後――亜希は傷心の中、部屋に冷蔵庫を置くことにした。
「あれー亜希、冷蔵庫買ったんや?」
「見ていい?」
「…うん」
ぱかっ。
「あっアイスあるやん」
「食べんなよっ」
遊びに来た葉月と結衣は早速興味を示したのだった。
***
そして6月下旬――
「どうやった?」
1級より一足早く、自分の受験した簿記2級の合格発表を迎えた亜希は、学校で合格発表を受けて帰宅すると、葉月と結衣に向かってVサインを掲げて見せた。
その後、亜希たち1年生は授業に励みつつ――
「早瀬、わかるか?」
「ま、まだわかりません」
合間に研修準備に勤しみ――
「はい、これが相下くんな。はい、これは山本くんのぉ」
「おう」
「よっしゃ」
そうやってクラスの仲を深めながら7月、いよいよ新入生研修当日――!




