第3話(4) 研修準備をします
「今日からしばらく、7月にやる新入生研修の準備をします」
授業が始まると、亜希の担任の上田先生が教壇でそう宣言した。
新しいクラスが再編されてから1週間が経過した6月中旬――クラスの結束を固めるために、1泊2日で学校の合宿施設に行って、クラス単位で出し物やスポーツ大会をするらしい。
亜希は『合宿』と聞いてお風呂のことが不安になったが、聞くとホテルのような宿舎で各部屋にシャワーが付いているらしく、安堵した。
寮の大浴場の方はあれ以来、結衣に人気の少ない時間帯を聞いて、他の寮生との遭遇を極力避けるようにしてやり過ごしていた。
「まず今日のところはクラスの出し物の内容を考えて、それから数日かけて準備してくで。まだクラス始まったばっかやからな、今回は俺がリーダーとサブリーダー決めさせてもらうわ」
「うちのクラスのリーダーは……山本、お前や」
「俺ぇ?!」
「おおー」
先生からチャラ男イケメンの山本亮平くんが指名されると、教室から小さな歓声が上がった。山本くんは亜希の隣で「なんで俺ぇ?!」と不満をこぼしていたが、クラスの皆も納得といった感じだ。
《まぁ納得の人選…》
亜希も隣の山本くんを見て頷いていたが……先生から思わぬ変化球が飛んできた。
「ほんでサブリーダーは……早瀬(亜希)や」
《何ぃいいい?!》
「おーっ?!」
***
指名された山本くんと亜希は、クラスの出し物を決めるべく前に出た。
自然とリーダーの山本くんが司会をやることになり、亜希は決定事項などを黒板に書くためチョークを持った。
「じゃあ早速意見出していきましょう。何か案ある人…手ぇ挙げてください」
しーん。
クラス中からリーダーに歓迎された山本くんだったが、薄情にもその呼びかけには誰も手を挙げない。
《やっぱ皆、大人しいな…》
一度困った顔を見合わせた山本くんと亜希だったが、山本くんはすぐに余裕の顔つきに戻るとクラスを見た。
「…じゃあ順番に意見出してもらいます。何でもいいんで。廊下側から行こか」
山本くんが「どうぞ」、と廊下側の一番手前の席の男子を指名すると、その控えめそうな男子はおずおずながらも案を出した。
「え? えーと…クイズ」
「おーなるほど定番やね。次の人」
「ま、漫才とか?」
「漫才ー? もしかして自分ネタ作れるん?」
「いや、作れないっす」
「なんやー。でも大阪っぽくてええね、やってみたいなぁ」
と、山本くんが巧みに皆の意見を聞き出していく。
《…すご。この人リーダーシップもあるんか》
チャラ男山本くんのまたもや意外な一面に亜希も感心した。
次第に教室の雰囲気が解れていき、和やかな中で意見出しが行われていった。
亜希も後ろの山本くんを頼もしく振り返りながら黒板に皆の意見を記していったが…
「じゃあ次の人」
「あ、俺パスで」
山本くんの呼び掛けに冷めた声が上がり、教室がしんとなった。
頭の後ろで手を組んでどっかと腰を掛けている、相下トウイくんが拒否をしたのだ。
「えー? まぁまぁ相下くん、何か言うてみてよ」
「べつに何でもええし」
「何コイツ? めんどくさ。なー?」
「…」
隣の気弱そうなメガネくんに絡み出す相下くん。
気まずそうに苦笑いを浮かべるメガネくん。
急に冷たくなった教室の空気に、亜希がドキドキしながら彼らに目を向けていると、
「…しゃーないな」
トーンの落ちた山本くんの声が、隣でボソリとしてドキリとした。
が、山本くんはすぐにぱっと笑顔に戻って言った。
「じゃあ相下くんにはその分準備頑張ってもらおか! はい、じゃ次の人」
「は?!」ガタン!
相下くんはガタン!と席を立つと、前に出てきて、顔を凄めて山本くんを見下ろした。
「お前、何勝手に決めとんの? 絶対なんもせんからな」
《でかっ!》
細身ながら190センチ近くはありそうな相下くんの威圧感に白目をむく亜希。
山本くんも自分よりも10センチは高い相手から凄まれ一瞬たじろぐも、その後は引かず彼を睨み付ける。
引かない二人、固まる教室。
亜希は上田先生に目で助けを求めたが、先生は亜希とチラッと目を合わせただけで、腕を組んだまま壁にもたれ、動いてくれる気配が無かった。
《――先生、何で黙っとるん?》
「ちょ…」
困り果てた亜希が二人に声をかけようとした時――
アヤカの間の抜けた関西弁が割り込んだ。
「も~~、怖い、怖いってぇ」
アヤカはそう言いながら前に出ると、相下くんの腕をぽんぽんと叩いた。
「もっと楽しくしよぉやぁ? みんな仲良ぉするための研修なんやから」
「…」
アヤカののんびりさにきょとんとする皆。
「一緒に準備しよぉ」
毒気を抜かれた相下くんがバツの悪そうにアヤカを見て、山本くんも頬をかいた。
《…あ》
亜希が思い出して先生を見ると、先生は亜希に、にこっと笑ってみせた。
「も~~先生ぇも見とかんと止めてぇやー」
「おーすまんすまん」
そのやりとりでどっと笑いが起こって、教室に和やかな空気が戻った。




