第3話(3) 穏やかな日常
ピピピッ、ガンッ!
ピピピッ、ガンッ!
***
「あんたホンマいい加減にしーや」
「サーセン」
またもやアラームを止められず、久住先輩のドアガンにより強制起床させられてしまった平日の午前8時15分…亜希は自室のドアの前で久住先輩に頭を下げていた。
「何その態度? 迷惑しとるのはこっちってわかっとんの?」
「あは、ホントですよね」《和食セットが…》
朝食の和食セットの残りを案じつつ、それよりも目のやり場に困り、首の後ろをさする亜希。
《も~寮長もおるのに脚出し過ぎやろ…》
久住先輩は今日もフード付きのパーカーにショートパンツ姿だった。
美脚先輩の脚を見るわけにもいかず、頭を垂れつつ先輩の顔にチラと視線を逃がす。
黒髪から覗く細い顎――
白肌に浮かぶ、ゆるやかに垂れた切れ長の瞳と眉が妙に色っぽい…。
…と、先輩の小言に耳を塞ぎたくなった亜希の頭の中に、よからぬ妄想がふと過ぎる。
《…考えてみればこんな美人が隣とか……》
《…1学年上…1コ下かぁ…》
年下だと思うと、このキツイ先輩が途端にかわいく見えてくる。
《…え、よく考えたら毎日起こしに来てくれるし…? そんな、わざわざ、毎日、遅刻せんように起こしに来てくれる、とか…っ?!》
《もしかして何かをきっかけに先輩との恋が始まる可能性も、無くは、無いとも、言い切れないのでは――??!!》
「ちょっとあんた、何にやにやしとんの?」
「えあっ?!」亜希は正気に戻った。
「まあいいわ。――ちゃんと『ツケとく』から」
「…へ?」
久住先輩は冷ややかな視線と不可解な言葉を残すと、黒髪をフードからピシャッと払い、自分の部屋に入っていった。
《……ツケとく? …って、一体何を……? …はっ!》
亜希はぽかんとしながら久住先輩のドアが閉まるのを見ていたが、すぐに朝食のことを思い出し、1階の食堂へと駆け下りた。
「い、いかん、朝ごはんが無くなるっ!」ドタドタっ
***
「あら、おは――」
「おはようございますっ」
食堂に駆け込んだ亜希は、寮母への挨拶もそこそこに目当ての棚を睨みつけた。
《よかった、ラスト1食…!》
1つだけ残った和食プレートを見つけて、眼光を光らせ、腕を伸ばす――が。
《ん? 待てよこのシチュエーション…》
しゅばっ!
――またもや横から伸びてきた手に、和食プレートを奪われてしまった。
「あっ!」
「あっ!」
《も~、やっぱり!》
同時に声の上がった方を亜希が見ると、和食プレートを手にした、背の低い小太りがっちりの玉肌短髪女性と顔が合った。
《む、無念…》
「お、おはようございます、びは――矢野先輩」
と、亜希が肩を落としながら美肌先輩に挨拶すると…
「おはようございます、早瀬さん!」
「お、おはよう『ございます』?」
矢野先輩はなぜか敬語に変わっていて、亜希にペコペコと頭を下げ出し、奪ったばかりの和食プレートを差し出した。
「葉月から聞きましたよ、年上だとは思わなくて…! 今までスンマセンでした! これどうぞっ!」
「いえそんな、先輩が食べてください」
「わー亜希、寝グセすご」
「!」
「こら葉月、年上に向かってっ!」
葉月と結衣がやってきて、笑われて慌てて寝グセを手で撫で付ける亜希。
「おはよ」
「…おはよう」
慣れてきたここでの日常、
気恥ずかしさに胸のくすぐりを感じるだけの穏やかな日々。
彼女たちの笑顔に囲まれて
『もし 自分のことを打ち明けたら』――そんなことも考えてみるけれど――
今はこの穏やかでくすぐったい日々が永遠に続けばいいと思う。
「…っし」
亜希はウォークマンのイヤホンを着けると学校へ向かった。




