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マイノリティ青春グラフィティ  作者: 水稀リョウ
第2話
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第2話(10) 放課後の課題 にこりと笑う担任

 5月中旬、学校――

 

「試験まで1ヶ月を切りました。今日からは放課後、『課題』をやってもらいます」


 教壇に立つ担任のその静かな宣言に、教室が小さくざわめき立った。

 担任はそれを一瞥すると、ゆっくりとスクエアの眼鏡に手を掛け、続ける。

「課題が終わった人から帰ってもらって結構です。すなわち――」


 亜希はそこまで聞いて、ハッとした。つまり――


 ――課題が終わらないと、帰れない……?

「――課題が終わるまで、残ってもらいます……!」


 亜希の頭の中で鳴った警告と、教室に響いた担任の冷徹な宣告が、共鳴したかのように重なった。

 いよいよ狼狽え始めた教室――だがその中で亜希は一人、静かに闘志を燃やしていた。


《の…望むところだ! 誰よりも早く課題を終わらせて帰ってやるぜ!》


 ……亜希は段々とKYO-KARAの熱血ぶりに染まりつつあるのだった。


 ***

 

 キーンコーンカーンコーン。

 その日の授業が終わり、放課後――


 担任は飛び出していたネクタイをスーツに入れ直すと、『課題』のプリントを教室に配り出した。

 亜希は席でその様子を見守りながら、意気込み、担任を待つ。

 

《……果たしてどんな課題が与えられるのか――否、どんな課題でもこなしてみせるぜ!》


 やがて担任が亜希の席の前に立ち止まり、亜希は彼を見上げた。

 彼はその細く冷淡なスクエアの眼鏡に教室の蛍光灯を反射させながら、亜希を見下ろし、口元を逆三角形ににこりと開いた不敵な笑みを浮かべていた。


「ほい」


 ばささーっ。

 

「!!」


 亜希は、彼のその軽い一言を合図に落とされたプリントの多さに目を見張った。

 彼の去った後、机の上に積み重なった束の角にそっと触れ、指先で枚数を悟ってぞっとする。


《……う、嘘やろ…?! 2時間分はあるで》

 

 亜希は咄嗟に黒板の上を見上げた。

 「努力」と「勝利」の間に掲げられた教室の時計は、既に18時半を回っていた。


「まじかよー」

「帰れんぞこれー」

 教室のあちこちから悲鳴が上がる。


「ふふ」にこり。

 担任が教壇で冷徹な笑みを浮かべて見守る中、生徒たちは課題を解き始めた。


 ***


 教室中が、電卓を叩く音と、文字を書く音に、支配されていく……

 

 カタカタカタ…


 ――30分が経過した。

 

 カリカリ…


 ――また30分が経過した。

 

 カタカタカタ…


 ――さらに30分が経過した頃――


 

 コロ……

 

 亜希の机に、シャーペンの転がる音が響いた。


「ふ。」

 亜希は机に目を落として不敵に微笑むと、机に手を付いて立ち上がった。


 ――ガタ。

 その異音を聞いて、担任は眼鏡を光らせた。

 スクエアフレームに手を掛け、そのレンズの奥から、向かって来る一人の生徒に鋭い眼光を向ける。

 

 亜希はプリントの束を手に、クラスメートたちの畏敬の眼差しを浴びながら教壇で待つ彼の元へと踏み歩き、彼の前に立つと、プリントの束を教壇の上に叩き付け、高らかに宣言した。


《やったで一番! 誰よりお先に、ここから失礼せていただきまぁっす!!》


「先生っ! できましたァっ!!」ドンッ!


「ンん~~早瀬、よくやった! 『新しい課題』をやろう!!」ドンッ!


 担任は亜希を激励した。そして新しい課題の束を差し出した。


 ピシ……。亜希は固まった。


「ほい」


 担任は逆三角形に口を開いてにこりと笑いながら、固まったままの亜希の手に優しくプリントを載せてやったのだった。


「先生のウソつきィ~~!」

 時計の針が20時を回る中、教室に亜希の悲鳴がこだました。



 ***

 

 カラ……

 

 夜の21時……寮の玄関に、弱々しい音が響いた。

 帰宅した亜希は頭をうなだれながら、自分の赤札を力なく裏返した。


《……》


 亜希は2回目のプリントを差し出してきた担任のあの、まるで生徒を帰すつもりの無い騙し討ちには文句しか無かったが、もはや頭の中で愚痴をこぼす気力も無いほどに憔悴しきっていた。

 

 と、そこへ。

 

「おかえりー」

 廊下の奥から声がして、葉月がやってきた。


「た、ただいま」

 顔を上げ、葉月を見る。


「遅かったなぁ。もしかしてそっちも『放課後の課題』始まったん?」


 『も』と付けた葉月に、亜希は訊き返した。


「えっ? じゃあそっちも?」

「うん、今日から」


 亜希は目をぱちくりさせながら葉月を見た。

 彼女の髪は濡れ、肌はほのかに火照り、湿り気を帯びている。

 そういえば胸の前で、彼女のお風呂セットである小さなカゴも抱えている。


「え? もしかしてもうお風呂行った?」

「うん、もうご飯も食べたし」


化け物(バケモン)やな…》


 「じゃーね」と残して去っていく葉月の後ろ姿を見ながら、心の中でつぶやく亜希であった。

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