第2話(7) クソ。
うろうろ。うろうろ。
「?」
寮生が通りかかるたび、怪訝な目を向ける――
亜希は結衣の部屋を出てから慌てて風呂の用意をして1階に降りたものの、「大浴場」と書かれた戸の前で、行きつ戻りつを繰り返していた。
《――なんという苦行、なんという羞恥プレイ…!》
もう何度も繰り返したように、戸の正面に立ってはぷるぷると身体を震わせる。
個室のシャワー室があると聞いて油断しきっていた。
せめてプリントに目を通していれば、人気の少ない時間を結衣に聞いて、さっさと済ませられたかもしれないのに……!
《どうしよ、あ、葉月とか、久住先輩とかいたら……!》
亜希は顔を赤らめながら着替え入りのポリ袋を抱きしめた。
そしていつもショートパンツから脚を出している久住先輩のことをこっそり美脚先輩呼ばわりしていた。
「……早よ入らんと、閉まるで?」
「はっ!」
通りがかりの親切な寮生に怪訝な顔をされながら利用時間を教えられ、はっとする。
携帯電話の時計を見ると、もう残り10分を切っていた。
亜希は意を決して戸に手を掛けた。
《……不可抗力なんです、ごめんなさいっ……!》
ガラ。
戸の向こう、目の前に現れた玉肌に、つつと水滴が滑り落ちる――
亜希は背を向けて脱衣棚の前に立つ女性の、そのほんのりと紅潮した肌の美しさに息を呑んだ。
《……!》
そこには毛先から雫を垂らし、バスタオルを巻いただけの――
……和食プレートを奪った、矢野先輩がいた。
「…」
「ちょ、早よ閉めーや」
矢野先輩は恥ずかしそうに亜希を振り返ると、その隆々とした筋肉の上に乗るぷるるんとした美肌を隠すように、バスタオルをきゅっ、と締め直した。
「……サーセン」
ピシャ……
《美肌……》
亜希は顔を赤らめた美肌先輩に注意されると、閉め忘れていた戸を力なく閉めた。
「次からドア開ける前にノックもな」
「ハイっす」
「お先ー」
「お疲れっす」
矢野先輩はいそいそと服を着込むと脱衣所から出て行った。
……何じゃよ。
亜希は先輩が出て行くと、脱ぐのを躊躇っていたTシャツをようやく脱いだ。
ほっとすると同時に、肩透かしを食らって、緊張していた自分に少し腹が立った。
上と下の下着も全部脱ぎ切ると、雑に丸めて脱衣カゴに突っ込んだ。
……焦って 損したわ――
ガラッ。
ざば。
亜希が浴室の戸を開けると、湯船から立ち上がる、女性がいた。
「亜希……」
湯のたゆたう音だけのする浴室に、葉月の少しだけ高い、落ち着いた声が響いた。
すぐにタイルの上の湯をピチャと跳ねる足音が近付いてきて、亜希はびくとして、胸の前に垂らしていたタオルを押さえる指先に力を込めた。
葉月は亜希の立ち尽くす戸の方へと歩いていくと、すれちがいざま、目を伏せ口を固く結んでいる亜希に声を掛けた。
「今から? もうすぐ閉まると思うけど。おやすみ」
ガラ……ピシャ。
シャー……
シャワーから流れ出た湯がとめどなく排水口へ流れていく。
「……クッソ」
亜希は小さくそうつぶやくと、頭からシャワーをかぶり続けた。




