第1話(1) 女性の前でだけ男のフリをしてたい店員
「お兄ちゃん、生中1つ!」
「あれぇ? お兄ちゃーん!」
ドン!
うるさいおやじの眼前にジョッキを叩き付けると、飛び散った泡がおやじの赤らんだ鼻にぺちんと付いた。
ぽかんとしているおやじに、ムッとした顔で性別を明かしてやる。
「女、ですけど?」
「えっ?!」
おやじは亜希の顔を見上げると、慌てて頭をかいた。
「い、いやぁ、背ぇ高いし髪も短いからてっきり。ごめんねー」
「フン」
「いやぁ化粧っ気もないしよ。ただでさえ男の子みたいやのに……あっ」
「ムッ?!」
せっかく謝っている最中、おやじが余計な一言を足す。
亜希が再び眉を吊り上げると、おやじは気まずそうにジョッキに手を伸ばした。
と、そこへ、
「お兄さーん」
またもや店員の亜希を呼ぶ声がかかり、おやじは持ち上げかけたジョッキを慌てて置いた。声のした方に向かってダメだ、そいつは女だ、と首と手を振りながら合図を送る。
亜希がそれをフン、と横目にしながら声のする方を振り返ると――
会社帰りらしい二人組の若い女性客が、こちらに小さく手を振っていた。
「生中2つお願いしまーす」
「…」
***
……コト。
「お待たせしました。あとこれ、余っちゃったんでよかったらどうぞ」
「わー、ありがとうございますー」
「えっ、えっ?!」
亜希は心配するおやじを余所目に、女性客に注文通り配膳すると、おまけにサービスの刺し身まで出してやった。
「ええ?! なんでぇ?」
おやじが首をひねる中、しれっとした顔でキッチンへと戻る。
途中、
「ねーあの子ちょっと格好よくない?」
という女性たちの小声を聞いて、亜希はにへ、とはにかんだ。
……でも、『女』だと明かしたら、そこで終わりなんだろうなといつも思う。
亜希はいつも束の間の、『男のフリ』を楽しむだけだ。
「早瀬ぇ、1番さんの刺し身知らん?」
「サーセン、間違っちゃいました。給料から引いといてもらっていいですか?」
「おいおい~。もうええわ、気ぃつけぇよー」
「サーセン」
「……くっそ、また返信無いやん」
そしてバイトが終わると、メールの受信BOXを見て溜め息を吐く。
亜希は携帯電話をパチンと畳んでポケットに突っ込むと、自転車のペダルを踏みつけた。
※この作品は、過去に公開していた同名のオリジナル漫画作品を小説化したものです。
※またカクヨムにも連載しています。細かな表現や、展開を変更する場合がありますので、あらかじめご了承ください。




