「土手の菜の花」
1 春の光
三月も終わりに近づく頃、空気はやわらかくなり、風も冷たさを失っていた。
病院の裏手にある川沿いの土手は、すっかり春の装いになっている。
その日、美咲は女の子と一緒に散歩に出かける準備をしていた。
「今日は川の土手まで行ってみようか。菜の花が咲き始めてるはずだよ」
「なのはな? 見たい!」
女の子は瞳を輝かせて、元気よく返事をした。
ベルはその声に尻尾を振り、チャイはすでに玄関で飛び跳ねている。
モカは「またはしゃぎすぎるんじゃない?」と心配そうに見守り、リクは落ち着いた顔でゆっくりと歩き出す準備をした。
ユキは塀の上から軽やかに飛び降り、みんなの先頭を取るように進み出た。
2 川沿いの道
土手へ向かう道は、ところどころに水たまりが残っていた。
先日の春雨でできたものだろう。
女の子は長靴でわざと踏んでぱしゃりと跳ねさせる。
「きゃっ!」
水が飛び散り、チャイが顔を振る。ベルは驚いたように女の子を見上げ、モカは小さく鳴いて注意を促す。
リクは何事もないかのように進み、ユキはすばやく石垣に飛び移って高い場所から眺めていた。
川沿いの道には、つくしや小さな野花も顔を出していた。
「春だねぇ」
美咲がつぶやくと、女の子はしゃがんでつくしを見つめ、「かわいい!」と声を弾ませた。
3 一面の菜の花
土手にたどり着くと、そこには鮮やかな黄色が広がっていた。
一面に咲き誇る菜の花畑。春の光を受けて、揺れるたびに波のように色が変わって見える。
「わぁぁ……!」
女の子は息を呑み、その場に立ち尽くした。
ベルは菜の花の香りをくんくん嗅ぎながら進み、チャイは花の間を駆け回る。
モカは「倒さないでよ!」と鳴きながら後を追い、リクはゆっくりと花々を眺めながら歩く。
ユキは菜の花の中にすっと身を隠し、まるで黄色の海を泳ぐように歩いた。
4 春の匂いと遊び
川の方からは心地よい風が吹き、菜の花の香りをふんわりと運んでくる。
女の子はその香りを胸いっぱいに吸い込み、「甘い匂いがするね」と微笑んだ。
ベルは土手の斜面を駆け上がり、チャイも負けじと追いかける。
二匹は頂上でじゃれ合いながら転がり落ちそうになり、モカが「危ないってば!」と必死で鳴いた。
リクはその様子を落ち着いた目で見守り、時折低く吠えて注意を促す。
ユキは菜の花の間から顔をのぞかせ、遊ぶみんなを涼しい目で眺めていた。
5 小さな休憩
土手の上にシートを広げて、ひと休みすることになった。
女の子と美咲はおにぎりを頬張り、ベルとチャイはおやつをもらって大喜び。
モカはこぼれないように女の子の手元を見張り、リクはのんびりと伏せて春風に目を細める。
ユキは少し離れた場所で毛づくろいをし、時折こちらを見ては尻尾を揺らした。
「黄色い花の海の中で食べると、いつもよりおいしいね」
女の子がそう言うと、美咲も「ほんとにね」と笑った。
6 夕暮れの帰り道
陽が傾き始めると、菜の花は夕焼けに染まり、黄金色に輝いた。
風が吹くたびにゆらゆらと波打ち、幻想的な景色を作り出す。
「また来たいね」
女の子が名残惜しそうに振り返ると、ベルも一緒に尻尾を振り、チャイは「うん!」とでも言いたげに吠えた。
モカは少し疲れたようにあくびをし、リクは静かに頷くように歩みを進めた。
ユキは最後にもう一度菜の花の中を抜けて、すっとみんなの前に戻ってきた。
病院へと帰る道、春の匂いをまとった風がやさしく背中を押してくれるようだった。




