「春雨」
1 しとしとと降る朝
三月半ば。前の日の夜から雨が降り続いていた。
屋根を打つ音は激しくもなく、かといって止みそうでもなく、ただ静かに一日を包み込むように降り続けていた。
「今日は春雨だね」
美咲が窓の外を眺めながら呟くと、女の子は「しとしとって音がするね」と耳を澄ませた。
庭の土はやわらかく濡れ、梅の花からはぽとりと水滴が落ちる。
ベルは玄関先まで飛び出したものの、濡れるのを嫌がって足を止めた。
チャイは逆に楽しそうに雨粒を追いかけ、ぴちゃぴちゃと跳ね回る。
モカはため息をつきながらも、兄弟を止めようと後を追う。
リクは軒先に静かに座り、空から降る雨をただ見上げていた。
ユキは濡れるのも気にせず、庭を悠然と歩き回っていた。
2 小さな傘と長靴
「せっかくだから、少しだけお散歩に行ってみようか」
美咲がそう言うと、女の子は黄色い小さな傘と長靴を用意した。
ベルには赤いレインコート、チャイには水色の、モカには緑の小さなレインコートを着せる。
リクは黒い防水ケープを身につけ、ユキはいつも通りの姿で外へ。
「みんな、準備できた?」
美咲が声をかけると、女の子が傘をくるくる回しながら「行こう!」と笑顔で外に出た。
3 雨の道
外の道は水たまりがいくつもできていた。
女の子が長靴で踏むと、ぱしゃりと小さな水しぶきが上がる。
ベルは慎重に水たまりを避けようとするが、チャイはわざと飛び込んで水をはねさせる。
「わっ! やめてよ!」とモカが抗議するように鳴き、ベルも困ったように尻尾を下げた。
リクは落ち着いて女の子の歩調に合わせ、傘の影に入るように並んで歩く。
ユキは濡れた毛を気にせず、水たまりをすいすいと渡っていた。
4 雨に揺れる景色
道端の草むらには、小さな花が雨に濡れて咲いていた。
淡い紫のスミレや、まだ小さなタンポポのつぼみ。
女の子が足を止めて「きれい……」と見入ると、ベルもそっと鼻を近づけて匂いを嗅いだ。
チャイは花の横をくんくん探っては次の場所へ。
モカは「踏まないでね」と気をつけて歩き、リクは雨に打たれる花の強さにじっと目を細めていた。
ユキは濡れた石垣の上を歩きながら、そこから咲く小花を眺めていた。
5 病院で過ごす午後
散歩から戻ると、みんなをタオルで拭いてやる。
ベルはすぐに毛布に包まり、チャイは拭かれながらもじたばたと遊びたがる。
モカは大人しくされるがまま、リクは落ち着いてタオルの感触を受け止めていた。
ユキは自分で毛づくろいを始め、しっとりとした毛並みを丁寧に整えていた。
午後は雨音を聞きながらのんびり過ごす。
女の子は絵本を開き、美咲はカルテを書き、動物たちはそれぞれの場所で体を休める。
窓の外の梅の木からは、またひとつ花びらが落ちて、雨粒と一緒に地面に吸い込まれていった。
6 夕暮れのしずく
夕方になっても雨は止まなかったが、空は少し明るくなり、雲の切れ間からわずかに光が差した。
庭の梅の枝からこぼれた水滴が、光を受けてきらきらと輝いた。
「雨の日も、きれいだね」
女の子がぽつりと言うと、美咲は「そうだね。春雨は優しい雨だから」と微笑んだ。
ベルとチャイは寄り添って眠り、モカはそのそばで静かにまぶたを閉じる。
リクは外を見つめながら、穏やかな時間を守るようにそこに座っていた。
ユキは窓辺でしなやかに尾を揺らし、外の景色をまだ見つめ続けていた。
しとしと降る春雨は、病院とみんなをやさしく包み込んでいた。




