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動物病院日誌   作者: 匿名希望


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「秋の川辺で」

1 誘い


ある秋晴れの午前、診察の合間に美咲が声を弾ませた。


「先生、近くの川辺に散歩に行きませんか? 稲刈りも終わって、今の季節は小魚やカニがたくさん見られるそうですよ」


「川辺か。そういえば最近は行ってなかったな」


窓の外に目を向ければ、秋らしい高い空。風は涼しいが、陽射しはまだ柔らかく暖かい。絶好の散歩日和だ。


「ベルたちも外で体を動かしたがってますし」

「いいなあ、川遊び!」と横から女の子も手を挙げた。


こうして動物病院の小さな遠足が決まった。


2 川への道


病院から歩いて20分ほどで、小さな川が姿を現す。

稲刈り後の田んぼを横目に、みんなでのんびり歩いた。


ベルは女の子と並んで、鼻をひくひくさせながら土の匂いを嗅いでいる。

リクは落ち着いた足取りであぜ道を進み、時折振り返って「遅れるなよ」とでも言いたげに尾を揺らす。


チャイは初めて来る道に大はしゃぎ。雑草に飛びついてはモカに叱られる。

「チャイったら、ほんと落ち着かないんだから」と飼い主夫婦も苦笑していた。


ユキは一番後ろからマイペースについてきている。秋の陽射しを受けた毛並みが白く輝き、ゆったりとした足取りがどこか気品さえ漂わせていた。


3 川辺に到着


川辺に着くと、水面がきらきらと輝いていた。

川幅は狭く、足首ほどの浅瀬が続いている。透き通った水の中を小魚が群れで泳ぎ、石の影にはサワガニの姿が見える。


「わあ、魚がいっぱい!」

女の子は靴を脱ぎ、ズボンの裾をまくって浅瀬へ駆け出した。


ベルも負けじと水に足を入れ、ぴちゃぴちゃと音を立てながら跳ね回る。冷たい水に驚いたのか、顔を上げてこちらを見て尻尾をぶんぶん振った。


リクは川岸でゆっくりと水を飲み、心地よさそうに目を細める。

チャイは石の間に手を突っ込んでカニを追いかけ、モカが慌てて止めに入る。

「もう、怪我するでしょ!」と飼い主夫婦も慌てて笑っていた。


ユキはというと、水に入ることはなく、川辺の草の上に寝そべり、涼しい風を楽しんでいた。


4 小魚との出会い


「先生! 見て見て!」

女の子が両手をすくって小魚を捕まえた。手のひらの中で、銀色の体がぴちぴちとはねている。


ベルは興味津々で鼻を近づけ、思わずくしゃみをして水しぶきを上げた。

「こら、ベル! 魚が逃げちゃうでしょ!」

慌てて女の子が手を広げると、小魚はきらりと光って水に戻っていった。


「またすぐ捕まえられるよ」

美咲がにこやかに笑い、石の下をそっと覗き込むと、小さな群れがすいすいと泳いでいるのが見えた。


リクはそんな二人を眺めながら、静かにしっぽを振る。まるで「楽しそうで何よりだ」と言っているようだった。


5 サワガニの攻防


チャイは相変わらず大はしゃぎだ。

石の下にいたサワガニを見つけ、前足でちょいちょいと突こうとする。

するとカニが小さなハサミを振り上げ、チャイの鼻先を「ちょきん」と挟もうとした。


「きゃっ!」

驚いたチャイは飛び退き、尻尾を大きく膨らませる。

それを見てモカが「だから言ったでしょ!」とばかりに睨む。


川岸で見ていたベルと女の子は、笑い転げていた。

リクは「やれやれ」とばかりに鼻を鳴らし、ユキは目を細めてのんびりと毛づくろいを続ける。


6 お昼のひととき


川辺の木陰にシートを敷き、持ってきたおにぎりや果物を広げた。

女の子はベルと一緒に鮭のおにぎりを食べ、美咲はリクの隣に座ってりんごを分け合う。


チャイとモカは夫婦の横でおやつのクッキーをかじり、ユキには煮干しが用意されていた。

風が心地よく吹き抜け、すすきの穂が揺れるのが遠くに見える。


「こういう時間、大事ですよね」

美咲がつぶやくと、私はうなずいた。

診察や手術で慌ただしい日々の中、こうして動物たちと自然の中で過ごすひとときは、心をやわらかくほぐしてくれる。


7 川辺の午後


食後、女の子とベルはまた浅瀬に駆け出した。

ベルは水を跳ね飛ばしながら石を転がし、女の子は「魚つかまえ競争だよ!」と笑顔で挑戦している。


チャイは再び石を探検していたが、今度はモカにしっかりリードを握られて逃げ場がない。

「今日はもうカニさん禁止!」と飼い主夫婦も笑っていた。


リクは日差しのあたる場所でのんびりと昼寝をはじめ、ユキは川面を眺めながら鳥の声に耳を澄ませていた。


時間はゆったりと流れ、秋の午後の穏やかさが全員を包んでいた。


8 夕暮れ


やがて太陽が傾き始め、川辺が黄金色に染まっていった。

女の子は名残惜しそうに川に手を浸し、ベルもまだ遊び足りないと尻尾を振っていた。


「また来ようね」

女の子がそう言うと、ベルは嬉しそうに吠えた。


帰り道、チャイとモカは疲れて飼い主夫婦の足元をとぼとぼ歩き、リクは堂々と先頭を歩いてみんなを導いた。

ユキは最後尾からゆっくりとついてきて、時折こちらを振り返っていた。


9 帰り道の空


田んぼのあぜ道を歩きながら、空を見上げる。

西の空は茜色に染まり、遠くに飛行機雲が伸びていた。


「今日もいい一日だったな」

そう口にすると、美咲も「はい」と笑顔で応えてくれた。


ベルは女の子に寄り添い、リクは満足そうにあくびをする。

チャイとモカは互いに肩を寄せ合い、ユキは静かに目を細めた。


秋の川辺で過ごした穏やかな時間は、きっとみんなの心にやさしい思い出として残るだろう。

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