「若葉のささやき」
朝 光と緑の気配
四月半ば。
雨が続いた日々がようやく終わり、病院の庭に柔らかな光が差し込んでいた。
ふと足を止めてみると、玄関横の植え込みに、小さな若葉が顔を出している。
「先生、見てください。芽がいっぱい出てます!」
美咲が嬉しそうにしゃがみこんだ。
「春って、こんなふうに少しずつ広がっていくんですね」
風に揺れる若葉はまだ頼りなげだが、その色は鮮やかで、見ているだけで心が軽くなるようだった。
午前 動物たちの春探し
最初にやってきたのはベルと女の子。
女の子は庭先でしゃがみこみ、芽をじっと見つめていた。
「ベル、ここに赤ちゃんのお花がいるよ」
ベルは鼻を近づけ、若葉をくんくん嗅ぎ、くすぐったそうにくしゃみをした。
リクと加藤さんも到着。
「おや、芽吹きましたね。リクも春の匂いを感じているようです」
リクは静かに庭を歩き、若葉に鼻を近づけたあと、満足そうに座り込んだ。
チャイとモカは大はしゃぎ。
チャイが芽を踏みそうになって、モカがすぐに横から注意する。
「元気なのはいいけど、芽も命だからね」
奥さんの声に、チャイは少し恥ずかしそうに尻尾を振った。
ユキと女性も静かにやってきた。
ユキは庭の隅に目を細め、まるで景色全体を味わっているかのようだった。
「ユキは春になると、歩き方まで軽やかになるんです」
女性の言葉に、みんなが「わかる」と頷いた。
待合室で芽の話題
診療を待つあいだ、待合室では自然と「若葉」の話題になった。
「芽吹きを見ると元気が出ますね」
「動物たちも季節をちゃんと感じているんだな」
「芽が伸びるのを見るのが楽しみです」
女の子は「芽が大きくなったら、ベルと一緒にお花見できるかな」と目を輝かせた。
加藤さんは「芽は静かに育つからこそ、気づいたときの喜びが大きいんですよ」と微笑んだ。
昼下がり 成長を重ねる姿
昼の診療の合間、外に出ると、太陽を受けて若葉がさらに生き生きと見えた。
光に透ける緑の色合いは柔らかで、どの葉も未来を感じさせる。
その様子をチャイがじっと眺めていた。
「珍しいね、チャイが落ち着いてる」
奥さんが笑う。
きっとチャイなりに、新しい発見をしているのだろう。
夕方 芽吹きの約束
帰り際、女の子が玄関で振り返った。
「また今度、芽が大きくなってるか見に来るね」
ベルもしっぽを振り、まるで約束するように鳴いた。
加藤さんは「芽が成長する姿を見るのも、病院に来る楽しみになりますね」と穏やかに言った。
チャイとモカの夫婦も「次は花が咲くかもしれないな」と笑顔を残して帰っていった。
ユキと女性は最後に残り、しばらく庭を眺めてから静かに帰っていった。
ユキの白い毛並みに夕陽が反射して、まるで春そのものの輝きのように見えた。
夜 若葉のささやき
診療が終わり、静かになった庭に出てみると、若葉が夜風に揺れていた。
昼間よりも深い緑が、闇の中で小さく光を宿しているように見える。
「芽が出るって、こんなに嬉しいことなんですね」
美咲の声に、私は頷いた。
小さな若葉はまだ頼りないけれど、確かに季節の歩みを告げている。
そのささやきに耳を澄ませながら、私はゆっくりと病院の灯りを落とした。




