「はじめまして、ちいさな足音」
朝 小さな来訪者
春先の澄んだ朝。
診療が始まってすぐ、若い夫婦が小さなキャリーを抱えてやってきた。
キャリーの中からは、か細い鳴き声とともに、黒と白のまだら模様の子犬が顔をのぞかせた。
「生後二か月の子です。初めてのワクチンをお願いします」
少し緊張した様子の夫婦。
キャリーの中の子犬は、大きな目でこちらを見つめ、ちいさなしっぽを必死に振っていた。
「ようこそ、はじめまして」
思わずそう声をかけてしまうほど、まっすぐな眼差しだった。
待合室のざわめき
待合室に入ると、常連たちが自然に目を向けた。
ベルはすぐにしっぽを振って「遊ぼう!」とアピール。
女の子は「わあ、かわいい!」と声を上げた。
リクは静かに座り、少し離れたところからじっと子犬を見守っている。
チャイは興奮して吠えそうになり、モカにたしなめられていた。
ユキは凛とした姿で、ただ穏やかに目を細めていた。
小さな来訪者を前に、待合室がにぎやかで優しい空気に包まれた。
初めての診察
診察室で子犬をキャリーから出すと、まだふらつきながらも元気いっぱいに歩き回った。
体重は2キロ少し。心音は力強く、目も耳も健康的。
「とても元気ですね」
そう伝えると、夫婦はほっとした表情になった。
ワクチン接種のとき、子犬は小さく「キャン」と鳴いたが、すぐにケロリとした顔で夫婦の腕に飛び込んだ。
「強い子ですね」
美咲が感心したように微笑んだ。
待合室での交流
診察を終えて待合室に戻ると、ベルの女の子がそっと子犬に近づいた。
「名前はなんですか?」
「ココっていいます」
夫婦が答えると、待合室にいた人たちが口々に「かわいい名前」と笑顔を見せた。
ベルとココは鼻をつき合わせ、すぐに仲良くなりそうな雰囲気。
リクは優しく近づき、まるで「これからよろしくな」と言うようにココの頭をなめた。
チャイは遊びたくて跳ね回り、モカが横から「少し落ち着きなさい」と低い声を出した。
ユキはただ静かに見つめ、その眼差しが子犬に安心感を与えているようだった。
飼い主同士の輪
待合室はちょっとしたお祝いムードになった。
「子犬を迎えたばかりの頃は大変だけど、幸せですよね」
加藤さんが自分の経験を話すと、夫婦は真剣に耳を傾けていた。
「夜泣きするかもしれませんよ」
「トイレのしつけは気長にね」
「でもすぐに大事な家族になります」
経験者たちの言葉に、夫婦の表情は次第に柔らかくなっていった。
夕方 小さな足跡
帰り際、病院の前の道に、ココの小さな足跡が新しく刻まれていた。
「この子の足跡、かわいいですね」
美咲が笑う。
私は頷きながら思った。
この足跡は、これからの長い物語の始まりを告げている。
飼い主とともに歩む日々が、ここから始まるのだ。
夜 心に残るしっぽ
診療が終わったあと、美咲がぽつりと言った。
「ココちゃん、すごく人懐っこかったですね。きっと病院の常連になりますね」
「そうだな。これからこの病院の仲間だ」
小さなしっぽが揺れる姿が、心の中でいつまでも残っていた。
春の訪れとともに、新しい命の物語がここで始まろうとしていた。




