「絵本のひととき」
朝 美咲の提案
ある日、美咲が受付のカウンター越しに、少し照れくさそうに声をかけてきた。
「先生、待合室に……絵本のコーナーを作りたいんです」
「絵本?」
「はい。待っている間、子どもたちが退屈しないように。動物が出てくる絵本を集めたら、みんな少しでも楽しく過ごせるかなって」
私は思わず笑みを浮かべた。
「いい考えだ。美咲らしいな」
絵本コーナーの準備
数日後、美咲は休憩時間にせっせと小さな本棚を組み立て、そこに色とりどりの絵本を並べていった。
「犬が主人公のお話、猫が出てくるお話、動物園や森のお話……」
背表紙が揃うと、待合室の一角がぱっと明るくなった。
まるで小さな図書館のようだ。
「これなら大人も読みたくなりそうだね」
私がそう言うと、美咲はうれしそうに頷いた。
最初の読者
最初に絵本に手を伸ばしたのは、ベルと一緒に来た女の子だった。
「ベルのお話ある?」
女の子はページをめくりながら目を輝かせる。
「犬が主人公の冒険の絵本、これなんてどう?」
美咲が差し出すと、女の子はさっそく読み始めた。
ベルは足元で丸くなり、まるで一緒に物語を聞いているようだった。
待合室の変化
それからというもの、待合室の雰囲気が少し変わった。
リクの順番を待つ加藤さんは、静かに猫の絵本を読んで「懐かしい気分になるな」とつぶやいた。
チャイとモカの夫婦は、交代で子どもたちに声を出して読んであげて、待合室が笑い声で包まれた。
ユキの飼い主は、物語の中の白い猫を見つめて「なんだかユキに似てる」と微笑んだ。
小さな本棚から始まったことが、人と人を自然につなぎはじめていた。
美咲の読み聞かせ
ある日、混雑で待ち時間が長くなったとき、美咲が絵本を手に取って言った。
「よかったら、読み聞かせしましょうか」
子どもたちが集まり、大人たちも耳を傾ける。
犬が仲間を助けるお話、森で迷った猫が帰り道を見つけるお話。
美咲の声はやさしく、物語の世界へみんなを導いていった。
動物たちも不思議と静かで、ベルもリクも、チャイもモカも、じっと耳を傾けていた。
夜 残るぬくもり
診療が終わり、待合室を片付けながら美咲が言った。
「今日、子どもたちが『また読みたい』って言ってくれたんです。うれしかったな」
私は頷きながら絵本棚を見つめた。
「病院は病気を治すだけじゃなくて、安心して過ごせる場所でもある。絵本のおかげで、それが少し広がったね」
窓の外にはまだ冬の夜。
でも待合室には、物語の余韻がやさしく残っていた。




