「小さなハート」
朝 ハート型の袋
二月の中旬。
受付の机に、美咲が小さな赤い袋を置いていた。
ハート柄のリボンが結ばれたその袋は、明らかにバレンタイン仕様。
「先生、飼い主さんにいただいたんです。手作りクッキーだそうです」
袋を少し開けると甘い香りが広がった。
「動物にはあげられないけど、人間には嬉しい贈り物ですね」
美咲はにこにこと微笑んだ。
午前 ベルと女の子からの贈り物
最初にやってきたベルと女の子。
女の子はカバンから一生懸命包んだ折り紙のハートを取り出した。
「先生と美咲さんにあげる!」
カラフルな折り紙には「ありがとう」の文字が大きく書かれていた。
ベルは得意げにしっぽを振って、まるで「ぼくも手伝ったよ」と言っているようだった。
「これは特別なバレンタインだな」
私は心からそう思った。
午前後半 リクと加藤さんのチョコ話
次に来たリクと加藤さん。
待合室では「チョコを犬にあげちゃだめですよね?」という話題が出ていた。
「そう、チョコレートは中毒を起こすから危険なんです」と美咲が説明する。
すると加藤さんが「じゃあ先生には安全にこれを」と笑いながら小さな和菓子の包みを差し出した。
「ありがとうございます。リクはちゃんと犬用クッキーだね」
リクは自分のおやつを口にして、満足そうに目を細めた。
昼 チャイとモカのにぎやかな差し入れ
昼に来たチャイとモカの飼い主夫婦。
「バレンタインだから、皆さんでどうぞ」と手作りマドレーヌを持ってきてくれた。
待合室では「わあ」「おいしそう」と歓声があがる。
チャイは袋の匂いに興味津々で鼻を伸ばし、モカは落ち着いた顔で隣に座っていた。
「犬たちにはこっち」
奥さんが取り出したのは犬用ビスケット。
人も犬も一緒に「おやつの時間」を楽しめる工夫に、場が一層和やかになった。
午後 ユキと温かな心
午後に来たユキの飼い主の女性は、小さなカードを差し出した。
そこには「いつもありがとうございます」と丁寧な文字で書かれていた。
「甘いものは作れないので、気持ちだけでも」
ユキは隣で静かに座り、まるで贈り物を誇らしげに守っているようだった。
「こういうのが一番嬉しいんです」
私は胸の奥が温かくなるのを感じた。
夕方 小さな交換会
夕方になると、自然と待合室に「小さな交換会」のような空気が生まれた。
クッキー、マドレーヌ、飴、折り紙のハート。
「人用」「犬用」と分けられたおやつが並び、飼い主たちと動物たちが一緒に楽しむ。
「みんなで食べるとおいしいね」と笑い声が広がり、病院はまるでカフェのような賑わいを見せた。
夜 ハートの余韻
診療を終えたあと、机の上には今日いただいた贈り物が並んでいた。
色とりどりの袋やカード、そして折り紙のハート。
「先生、今日はバレンタインなのに、なんだかこちらがいっぱいもらってしまいましたね」
美咲が笑う。
「うん。贈り物って形よりも気持ちなんだな」
私は机の上のハートを見つめながらつぶやいた。
病院にはまだほんのり甘い香りが残っていて、それが温かな一日の余韻となった。




