「鬼は外、福は内」
朝 お面の差し入れ
二月の始まり、まだ寒さの厳しい朝。
病院のドアを開けると、常連の飼い主さんが赤鬼と青鬼のお面を手に持って立っていた。
「先生、節分が近いから、子どもたちにどうぞ」
厚紙に色鮮やかに描かれた鬼の顔。
待合室に飾ると、がらりと雰囲気が明るくなった。
「ちょっとした行事って、心が和みますね」
美咲が嬉しそうに微笑む。
午前 ベルと鬼のお面
最初にやってきたベルと女の子。
女の子はお面を見つけるなり「鬼さんだ!」と大喜び。
「ベル、鬼をやっつけて!」
お面をかざすと、ベルはわんわんと吠えてしっぽを振った。
待合室の人たちが笑い、「頼もしい番犬だね」と声をかける。
女の子は得意げにベルを抱きしめた。
午前後半 リクと豆の話
次に来たリクと加藤さん。
待合室では、別の飼い主が「うちでは毎年、年の数だけ豆を食べるんです」と話していた。
「もう七十個も食べられないよ」と笑う加藤さん。
周りもつられて笑い声が広がる。
リクはその声を聞きながら、静かに床に伏せて耳を動かしていた。
「犬も豆まきに参加できればいいのにね」と誰かが言い、和やかな雰囲気が流れた。
昼 チャイとモカ、鬼ごっこ気分
昼に来たチャイとモカの飼い主夫婦。
待合室では、子どもたちがお面をかぶって小さな「鬼ごっこ」を始めていた。
「チャイ、鬼が来たぞ!」
奥さんが声をかけると、チャイは元気に吠えて尻尾を振り、子どもたちの後を追いかけようとする。
モカは少し離れたところから「また始まったわ」とでも言いたげに眺めていた。
笑い声と犬の鳴き声で、病院はちょっとしたお祭りのようになった。
午後 ユキと福の祈り
午後に来たユキ。
待合室のお面を見ても動じることなく、静かに窓辺に座った。
「ユキちゃんは、もう『福の神』みたいですね」
飼い主の女性がそう言うと、待合室の人たちも「ほんとだ」と頷いた。
白い毛並みと落ち着いた様子は、鬼ではなく福を呼び込む存在のようだった。
夕方 福は内
夕方になると、飼い主同士で「豆まきは夜にするんだ」「落花生をまく地域もあるんだよ」などと話が盛り上がった。
美咲は「鬼は外、福は内」と小さな声でつぶやきながら、お面の位置を直した。
その言葉はどこかおまじないのようで、病院全体をやさしく包み込んだ。
夜 静かな福
診療が終わり、病院を閉めるころ。
飾られた赤鬼と青鬼のお面が、静かな待合室でこちらを見つめていた。
「なんだか今日は福がたくさん集まった気がしますね」
美咲が言った。
「うん。みんなの笑顔が一番の福だな」
外は冷たい夜風が吹いていたが、病院の中には温かな余韻が残っていた。




