「みんなの健康診断」
冷たい朝と健康診断の日
十一月の半ば、朝の空気は一段と冷たくなった。
病院の窓から見える公園の木々は葉を落としきり、枝だけになった姿をさらしている。
「先生、今日って健康診断の予約、多いんですよね」
美咲がカルテを確認しながら言った。
「そうだな。年末前に一度チェックしておきたい、って飼い主さんが多いんだ」
「人間の健康診断と同じですね」
確かに。病気の早期発見はもちろんだけれど、飼い主にとっては安心のためでもある。
今日は一日、体重計や採血台が大活躍しそうだった。
午前 ベルの体重測定
最初に来たのはベル。
女の子が「がんばれ!」と声をかけながら診察室に入ってきた。
診察台にベルを抱き上げると、少しもじもじして落ち着かない。
「ベル、体重計るだけだから大丈夫だぞ」
数字が表示されると、女の子は目を丸くした。
「先生、増えてますか?」
「うん、でも成長期だから順調な増え方だ。心配いらないよ」
聴診器を当てると、ベルの心臓はドキドキ早く打っていた。
「女の子に応援されて緊張したのかな」
そう言うと、美咲も「ベルちゃん照れてますね」と笑った。
午前後半 リクと体重管理
続いてやってきたのはリクと加藤さん。
リクは診察台に乗るときから尻尾を振り、遊びに来たような顔をしている。
体重を測ると――去年より少し増えていた。
「リク、ちょっと太ったかな」
「やっぱり……最近おやつをねだるからつい」加藤さんが苦笑する。
私は数字を見せながら説明した。
「このままだと関節に負担がかかるかもしれません。おやつは量を決めてあげましょう」
加藤さんはうなずき、リクの頭をなでた。
リクは首をかしげ、「ごはん減るの?」とでも言いたげな目でこちらを見た。
待合室で「リクちゃんダイエットだって」と子どもたちが囁き合い、みんなで笑顔になった。
昼 チャイとモカの採血
昼前に来院したのはチャイとモカ。
ご夫婦は「毎年の恒例ですから」と笑顔でキャリーを抱えていた。
まずはチャイ。診察台に乗せると、すぐに箱座りして落ち着こうとする。
「大丈夫、すぐ終わるからな」
針を刺すとき、ご夫婦が優しく声をかけ、チャイは小さな声で「にゃっ」と鳴いた。
続いてモカ。こちらは少し緊張気味で耳をぺたり。
美咲がそっと体を支え、ご夫婦も「がんばれ」と声を合わせる。
採血が終わった瞬間、モカは一気に力を抜き、ご夫婦の胸に飛び込んだ。
「人間も動物も、やっぱり注射は嫌ですよね」
美咲の言葉に、ご夫婦も「でも元気のためだから」とうなずいた。
午後 ユキの穏やかな診察
午後にやってきたユキは、診察台の上でおとなしく座った。
白い毛に光が当たり、少し神々しいくらい。
体重は去年とほとんど変わらず、聴診も異常なし。
血液検査の結果も、これまでと変わりなかった。
「安定してますね」
そう告げると、飼い主さんは大きく息をついた。
「ユキは静かに年を重ねているんだな」私はそう感じた。
待合室の窓際でユキは外を眺め、風に舞う最後のモミジを目で追っていた。
夕方 健康ノート
診療が落ち着いた夕方。
美咲がノートを広げて言った。
「こうしてみんなの健康を記録しておくと、成長日記みたいですね」
ベルの成長、リクのダイエット、チャイとモカの採血のがんばり、ユキの変わらない姿。
数字や結果だけでなく、そのときの表情や飼い主の言葉も一緒に書き留めていけば、かけがえのない記録になる。
「動物たちにとって、病院は怖い場所じゃなくて、健康を確認する安心の場所にしたいですね」
美咲の言葉に、私はうなずいた。
夜 安心の眠りへ
診療を終え、病院を閉める頃、空には星が瞬き始めていた。
飼い主たちは動物を抱きしめながら帰り、みんなほっとした顔をしていた。
「健康診断って、飼い主さんに安心を届ける時間でもあるんですね」
美咲の言葉に、私は笑って答えた。
「そうだな。そして安心があれば、動物たちもきっと穏やかに眠れる」
夜風に頬を当てながら、私は今日出会った動物たちの寝顔を思い浮かべた。
数字だけでは測れない幸せが、そこに確かにあった。




