「小さなインコと大きな心配」
朝の病院
朝の空気は冷たく、吐く息が白く見えるようになった。
「ひだまり動物クリニック」の扉を開けると、すでに待合室には数組の飼い主たちが集まっている。
「おはようございます、先生!」
看護師の美咲が笑顔で声をかける。
「今日は小鳥さんの予約が入ってますよ。珍しいですよね」
小鳥――インコや文鳥の診察は、犬猫に比べると少ない。
繊細な体をしているため、ちょっとした不調でも命に関わることがある。
だからこそ、来院する飼い主さんの心配もひとしおだ。
小さな患者
午前の診察がひと段落した頃、若い女性が小さなキャリーを抱えて入ってきた。
中には、黄緑色の羽をしたセキセイインコがちょこんと止まり木にとまっている。
「先生、この子…コロって言います。昨日から餌をあまり食べなくて、羽も膨らんでるようで…」
女性の声は震えていた。
インコの体重はほんの30グラムほど。
小さな体で不調を抱えている姿は、確かに不安をあおる。
私はそっとキャリーを開け、コロを手のひらに受け取った。
軽い。やはり体重が落ちている。
羽をふくらませているのは、体温を保とうとしている証拠だ。
「少し風邪をひいているようですね。お薬を飲ませて、体を温めてあげれば良くなると思います」
そう説明すると、女性の目に涙がにじんだ。
「よかった…ほんとに、よかった…」
飼い主の想い
診察のあと、女性は少し恥ずかしそうに話してくれた。
「実は、私、一人暮らしで…。コロが来てから、家が急に明るくなったんです。帰宅すると『おかえり』って鳴いてくれて。だから、いなくなったらって考えたら…」
私は頷きながら、インコを包む小さな手を見つめた。
どんなに小さな命でも、飼い主にとってはかけがえのない存在だ。
その気持ちは、犬や猫でも、ハムスターでも、インコでも変わらない。
「大丈夫ですよ。コロちゃんは頑張り屋さんです。少し休めば、また元気に鳴いてくれます」
女性はようやく安心したように笑った。
その笑顔を見て、私も心が温かくなる。
午後のにぎやかさ
午後の診察は相変わらず賑やかだった。
チャイとモカの夫婦が再びやってきて、子猫たちがすくすく大きくなっていることを報告してくれた。
「ほら、先生、もう体重がこんなに!」
診察台の上で、茶トラのチャイが元気に走り回る。
モカは相変わらず控えめで、キャリーの隅から様子をうかがっている。
その姿に、美咲が笑いながら言った。
「まるで兄弟みたいに性格が違いますね」
「うん。でもどっちも幸せそうだ」
そして夕方には、リクの姿も見えた。
加藤さんに連れられて、ゆっくりとした足取りで病院の前を通り過ぎる。
今日も散歩の途中に顔を見せに来たらしい。
窓越しに見えるその姿に、私は自然と微笑んだ。
一日の終わりに
夜、片付けを終えた後。
机の上には今日のカルテが並んでいる。
「コロ」と書かれた小さなカルテを手に取り、あの女性の安堵した笑顔を思い出す。
――小さなインコがくれた安心と幸せ。
それはきっと、女性の心を支える大きな力になっているのだろう。
動物たちの存在は、どれほど小さくても、人の心を満たしてくれる。
その尊さを感じながら、私は白衣を脱いだ。
明日もまた、きっと忙しく、そして癒される一日が待っている。




