「中秋の名月と動物たち」
月を待つ朝
9月の終わり、空気が澄んでくると、夜空の星が一段ときれいに見えるようになった。
今日は中秋の名月。
「先生、今年は満月なんですって」
美咲が受付で暦を見ながら言った。
「それは楽しみだな。せっかくだから、夜は庭で月を眺めようか」
私は診察準備を整えながら答えた。
この日、病院を訪れた動物たちにも、自然と「お月見」の話題が広がっていった。
午前 ベルとお団子
午前中に来たベルと女の子。
女の子は嬉しそうに小さな包みを抱えていた。
「お母さんとお団子作ったんです。夜にお月見するんです」
診察を終えると、ベルは鼻をくんくんと動かし、包みを狙う。
「ベル、これはまだだよ」
女の子が笑って抱え直す。
「ベルも一緒に見られるといいな」
私は言い、ベルはしっぽを振って応えた。
午前後半 リクとススキ
続いて来院したリクと加藤さん。
加藤さんは手にススキを数本持っていた。
「庭に生えてたのを切ってきたんですよ。飾ろうかと思って」
診察のあと、リクがススキにじゃれつき、穂がふわふわと揺れる。
「こら、食べ物じゃないぞ」
加藤さんが笑う。
私は花瓶にススキを生け、受付に飾った。
それだけで病院の中が一気に“お月見らしく”なった。
昼 チャイとモカのお供え騒動
昼前にやってきたのはチャイとモカ。
ご夫婦は紙袋を提げていて、中には栗と梨が入っていた。
「お供え用に買ったんですけど……」
袋を開けた途端、チャイとモカが身を乗り出す。
「だめだよ!」
慌ててご夫婦が押さえると、二匹は「にゃあ」と抗議するように鳴いた。
「動物たちにとっては、ごちそうに見えるんでしょうね」
私は笑った。
梨の甘い香りが広がり、秋の気配が病院を満たしていった。
午後 ユキと窓辺の光
午後にはユキがやってきた。
診察のあと、窓辺に座ってじっと外を見ている。
そこには、昼の光を受けて輝く白い雲と、薄青の空が広がっていた。
「夜にはあの空に月が出るんだよ」
飼い主さんがそっとユキに声をかける。
ユキはまるで理解したように目を細めた。
その姿は、月を待ちわびる小さな影法師のようだった。
夕方 お月見の準備
診療がひと段落すると、美咲が庭に小さな机を出した。
「ここにお供えを置きましょう」
机の上にはススキ、栗や梨、そして白いお団子。
まるで絵本に出てくるような素朴なお月見飾りが整った。
「なんだか文化祭みたいですね」
美咲が笑い、私も頷いた。
庭にはすでにオレンジ色の夕焼けが広がり、空にはぽつりと星が見え始めていた。
夜 月を見上げて
診療を終えた夜。
庭に集まったのは、美咲と私、そして偶然帰りが一緒になった数組の飼い主と動物たち。
ベルは女の子と並んでお団子を見つめ、リクはススキにじゃれ、チャイとモカは机の下に潜り込み、ユキは飼い主の膝の上で静かに座っていた。
やがて、雲間から丸い月が昇った。
黄金色に輝く満月が夜空を照らす。
「わぁ……」
子どもも大人も、そして動物たちも、しばし静かに見上げていた。
風にススキが揺れ、虫の声が響く。
その中で、月はただ静かに光を注いでいた。
名月の余韻
帰り際、女の子が言った。
「先生、ベルと一緒に月を見られてよかったです」
「そうだな。こういう時間が一番の思い出になる」
私は微笑んで答えた。
動物病院という場所で、動物と人とが同じ月を見上げる――
それはなんとも不思議で、温かい夜だった。




