「秋風とふわふわの毛」
9月の朝
9月の初め、空気が少しだけ軽くなった。
朝、病院の庭に出ると、百日紅の花は落ち、ススキが穂を伸ばし始めていた。
「先生、風が秋っぽいです」
美咲がカルテを抱えながら笑う。
「そうだな。今日は抜け毛の相談が多そうだ」
私は答えながら診察室の準備を始めた。
秋は換毛期。犬や猫の毛が生え替わる時期で、飼い主たちがブラッシングや毛並みの相談に訪れる。
その日も、さっそくふわふわの毛をまとった動物たちがやってきた。
午前 ベルとブラシ
最初に来院したのはベルと女の子。
「ベルの毛、いっぱい抜けるんです」
女の子はポケットから小さな袋を取り出し、中には朝ブラッシングした毛が詰まっていた。
「これはよく取れたな。えらいぞ」
私は笑って頭をなでた。
ベルは少し誇らしげな顔をしている。
診察のあと、ブラッシングの方法を実演すると、女の子は真剣に見てメモをとった。
「先生みたいに上手になりたい」
女の子の声に、ベルはしっぽを振って応えた。
午前後半 リクと毛玉
次にやってきたのはリク。
加藤さんは困った顔をしていた。
「最近、リクの背中に毛玉ができちゃって」
診察すると、確かに小さな毛玉が数か所。
「ブラッシングをさぼるとすぐこうなるんですよね」
加藤さんが苦笑する。
私は専用のコームでやさしく毛玉をほぐし、リクは気持ちよさそうに目を細めた。
「まるでマッサージみたいだな」
加藤さんは笑い、帰りにブラシを買っていった。
昼 チャイとモカの毛吹雪
昼前、ご夫婦がチャイとモカを連れてきた。
「掃除機をかけても追いつかないんです」
奥さんは苦笑い。
診察室でキャリーから出すと、二匹の毛がふわっと舞い上がり、まるで小さな毛吹雪。
美咲が慌てて掃除機を持ってくる。
「チャイもモカも健康ですよ。ただ、ブラッシングはこまめに」
と伝えると、ご夫婦は大きくうなずいた。
帰り際、待合室の子どもが「ふわふわだ!」と毛を拾い上げ、笑い声が広がった。
午後 ユキと白い毛
午後にはユキがやって来た。
飼い主さんは少し申し訳なさそうに言った。
「部屋が真っ白になっちゃって……」
診察台にのせると、ユキの真っ白な毛が舞い落ちる。
私はラバーブラシでやさしく撫でるようにブラッシングした。
毛がごっそり取れるたびに、ユキは「にゃあ」と小さく鳴き、飼い主さんは目を丸くした。
「こんなに抜けるんですね!」
「これで皮膚もすっきりしますよ」
袋いっぱいになった白い毛を抱え、飼い主さんは「クッションでも作れそう」と笑って帰っていった。
夕方 秋風の庭
夕方、診療の合間に庭へ出ると、涼しい風が吹いた。
ススキの穂が揺れ、トンボがひらひらと飛んでいる。
「先生、今日だけでゴミ袋いっぱいの毛ですね」
美咲が袋を掲げて笑った。
「それも秋の風物詩だな」
私は空を見上げる。
抜け毛に悩む飼い主たちも、動物たちが元気でいることに安堵して帰っていった。
夜 ふわふわの余韻
診療が終わり、掃除をしていると、部屋の隅にまだふわふわの毛が舞っていた。
「先生、全部片付けても、どこかから出てくるんですね」
美咲が笑う。
「それだけみんなが元気に秋を迎えてるってことだ」
私はほうきを動かしながら答えた。
ふわふわの毛とともに、秋の気配が病院をやさしく包んでいた。




