お盆のペットホテル狂騒曲、あるいは「お迎え」のドラマ
お盆のペットホテル狂騒曲、あるいは「お迎え」のドラマ
### 1. 満員御礼のバックヤード
八月のお盆休み。当院の入院・ホテル病棟は、帰省や旅行に出かける飼い主さんから預かったワンちゃん、ネコちゃんで文字通り満員になります。
「先生、『チョコ』ちゃんのお散歩、準備できました! でも、さっきから少し元気がないというか……ご飯を一口も食べてくれないんです」
看護師の河野が、トイ・プードルのチョコちゃんのケージを心配そうに覗き込んでいました。チョコちゃんは普段、診察に来る時は尻尾をちぎれんばかりに振ってくれる明るい子ですが、今はケージの隅で小さく丸まっています。
### 2. 「置いていかれた」という絶望
動物にとって、住み慣れた家を離れ、聞き慣れない音や他の動物の匂いがする場所に置かれることは、大きなストレスです。
* **ハンガーストライキ:** 「いつものご飯」であっても、環境が変わると警戒して食べなくなる子がいます。
* **ストレス性腸炎:** 過度な緊張から、急激な下痢や、時には「ゼリー状の粘膜」が混じった血便が出ることがあります。
* **常同行動:** ずっと自分の手を舐め続けたり、ケージの中で同じ動きを繰り返したり。これらは彼らなりの「不安を紛らわせる方法」です。
### 3. スタッフたちの「執事」修行
ホテルでお預かりしている間、僕たちは獣医師・看護師ではなく、彼らの「執事」になります。
1. **トッピングの魔法:** 食べない子には、ささみの茹で汁をかけたり、少しだけ温めて匂いを立たせたり。「食べること」は「生きる意欲」に直結します。
2. **「お家の匂い」を添えて:** 飼い主さんの古着や、いつも使っているタオル。自分のテリトリーの匂いがあるだけで、脳の興奮はぐっと抑えられます。
3. **過度な干渉をしない:** 怖がっている子を無理に抱っこするのではなく、「そばにいるよ」という距離感を保つ。これも一つのプロの技です。
### 4. 「お迎え」の瞬間の大惨事
そして、ついに飼い主さんがお迎えに来る日。ここが一番のクライマックスです。
「チョコちゃーん! 寂しかったねー!」
飼い主さんの声が聞こえた瞬間、それまで静かだったチョコちゃんが「ギャンギャン!」と歓喜の声を上げ、ケージの中で大暴れします。
この時、嬉しさのあまりテンションが振り切れ、**「嬉ション(うれしょん)」**をしたり、興奮しすぎてその場で嘔吐したりする子が続出します。
「木村さん、感動の再会ですが、まずは落ち着かせてあげてください(笑)。お家に帰ってから数日は、疲れが一気に出て体調を崩しやすいので、ゆっくり休ませてあげてくださいね」
### 5. 静かになった病棟
「先生、お疲れ様です。……みんな帰っていきましたね。最後の子を見送る時、なんだか少し寂しくなります」
河野が、空になったケージを丁寧に消毒しながら言った。
「そうだね。でも、あんなに喜んで飼い主さんの胸に飛び込む姿を見られるのが、この仕事の醍醐味だよ。僕たちの役割は、彼らの『帰る場所』を守るための、一時的な避難所であることなんだ」
窓の外では、夕暮れの空に秋の虫の声が混じり始めていました。
夏の賑やかさが去った後の病院に、いつもの静寂が戻ってきます。
「さあ、河野。次は台風シーズンだ。低気圧に備えて、持病がある子たちの薬をチェックしておこう」
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