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動物病院日誌   作者: 匿名希望


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「老犬のリクと秋の散歩道」

午前の静かな来訪


秋も深まり、朝晩の空気がひんやりとしてきた。

街路樹のイチョウが黄色に色づき、落ち葉が歩道を覆う。


「ひだまり動物クリニック」の扉を開けると、今日も消毒液の香りと、どこか安心するような温もりが広がった。


「先生、おはようございます!」

看護師の美咲が明るく声をかけてくれる。

「今日は午前中、リクくんが来てますよ」


リク――それは、もう十五歳になるゴールデン・レトリーバーの名前だった。

開院当初から通ってくれている常連で、長い付き合いのある患者さんだ。


待合室の隅、リクは飼い主の加藤さんに寄り添って静かに座っていた。

若い頃は誰よりも元気で、尻尾を振りながら診察室に飛び込んできた彼も、今は少し足取りが重く、白い毛が口元に混じっている。


リクの診察


「先生、おはようございます」

加藤さんは七十代の男性で、穏やかな表情をしている。

「最近、散歩の途中で座り込むことが多くてね。年かなあ…」


診察台に上がるのはリクにはもう大変なので、私は床に膝をつき、直接リクの体を診た。

心臓の音はゆったりしているが、少し不整がある。

関節は固く、後ろ足に力が入りにくい様子だ。


「心臓も足腰も、年齢の影響が出てきていますね」

私はやわらかい声で伝える。

「でも、大丈夫です。お薬を続ければ楽に過ごせますし、リクくんはまだまだ頑張れますよ」


加藤さんはゆっくりと頷き、リクの頭を撫でた。

「そうか、ありがとう。散歩が好きな子だから、少しでも長く歩けるといいんだが…」


リクは目を細め、穏やかな表情をしていた。

まるで「まだまだ歩けるよ」と言っているようで、私は思わず微笑んでしまう。


思い出話


診察が終わった後、カルテを書いていると、加藤さんがふと話し始めた。


「先生、リクを飼ったのは孫が小学生のときでね。今じゃ孫も大学生だ」

「そうなんですか。リクくんはずっとご家族を見守ってきたんですね」


「ええ。孫が泣いて帰ってきたときも、いつも隣に寄り添ってくれて…。私にとっても、もう相棒のような存在です」


その言葉に、私は胸がじんわりと温かくなる。

動物と人との時間は、人間より短い。

けれど、その短さの中で深く、濃い絆が生まれるのだ。


午後の再会


午後の診察が始まったころ、ふと窓の外をのぞくと、病院の前の歩道をゆっくり歩くリクと加藤さんの姿があった。

紅葉した並木道の下、落ち葉を踏みしめながら歩くその姿は、まるで時間がゆっくり流れているかのようだった。


リクはときおり立ち止まり、鼻をくんくんと動かして秋の匂いを確かめる。

加藤さんは優しくリードを持ちながら、穏やかにリクを見守っている。


私はその光景を、診察室の窓越しにしばらく眺めていた。

どんなに忙しい日でも、こうした一瞬に心が洗われる。


忙しい診察の合間に


午後は子犬のワクチンや猫の健康診断が続き、待合室はにぎやかだった。

茶トラのチャイとハチワレのモカ――先日来院した子猫たちも、元気に顔を出してくれた。


「先生、風邪すっかり良くなりました!」

若い夫婦が嬉しそうに報告してくれる。

チャイはまた私の白衣にじゃれつき、モカは相変わらず控えめに後ろから見ている。


こうして小さな命が成長していく姿を見られるのは、この仕事の特権だと改めて思う。


一日の終わりに


診察が終わり、片付けをしていると、美咲が声をかけてきた。

「先生、今日のリクくん、穏やかでしたね」

「うん。年を取ったけど、まだまだ目が輝いてた」


私は窓の外を見た。

すでに街は夜の静けさに包まれ、街灯の下に黄色い落ち葉が舞っている。


リクと加藤さんの歩く姿を思い浮かべる。

あの並木道で、明日もまた二人はゆっくり散歩をするのだろう。


――動物たちの時間は人間より短い。

だからこそ、今この瞬間を大切にすることが、何よりの幸せにつながるのだ。


私は白衣を脱ぎながら、心の中でリクの健やかな日々を願った。

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