「甲羅の来客」
梅雨入りの朝
6月に入り、空は灰色の雲に覆われていた。
窓に小さな雨粒が並び、時おり柔らかな風が木々を揺らす。
「先生、今日は予約表がちょっと変わってますよ」
受付でカルテを見ていた美咲が、くすっと笑う。
「変わってる?」
「はい、犬猫じゃなくて……カメって書いてあります」
私は思わず笑みを浮かべた。
「珍しいな。さて、今日はどんな一日になるかな」
午前 クサガメのカメ吉
最初にやって来たのは、中学生くらいの男の子と一緒のクサガメだった。
大きなケースに入れられ、甲羅に少し白い斑点が見える。
「カメ吉っていいます。最近、甲羅が白っぽくなってきて……」
男の子の声は心配そうだ。
診察台にケースを置き、甲羅を丁寧に確認する。
「うん、水質の影響で少し菌がついたんだろう。しっかり洗って、薬を使えば治るよ」
処置をすると、カメ吉はゆっくりと首を伸ばし、こちらをじっと見た。
「ありがとう、先生」
男の子がほっとした笑顔を見せると、カメ吉も何かを分かったように瞬きをした。
午前後半 インコとカメの待合室
その後、セキセイインコのピピが再び来院した。
体調はすっかり良くなっていたが、飼い主の男の子は念のため健診に連れてきたらしい。
待合室には、ケースに入ったカメ吉と鳥かごのピピ。
犬猫が多い日常とは少し違う、ユニークな並びだった。
「ピピ、カメさんだよ」
男の子が囁くと、ピピは「ピィ」と鳴き、カメ吉はのんびり瞬き。
小さな交流のような光景に、美咲は目を細めていた。
昼 イグアナのゲン
昼休み前、さらに驚きの来客があった。
若い女性が大きな布袋を抱えて現れ、中から姿を見せたのは――イグアナだった。
「ゲンっていうんです。最近ごはんをあまり食べなくて」
緑色の体に力強い爪、長いしっぽ。
待合室の誰もが思わず目を丸くする。
診察台に乗せると、ゲンは意外とおとなしく、私の手の動きをじっと追っていた。
食欲不振の原因は温度不足。飼育環境を整えるようアドバイスすると、女性は熱心にメモを取った。
「ゲン、ちゃんと食べようね」
女性が優しく声をかけると、ゲンは喉を小さく動かした。
午後 カメレオンのカラ
午後の診療では、さらに珍しい子がやって来た。
小学生の兄妹がキャリーケースを抱えて入ってきて、中にはカメレオンがいた。
「名前はカラ。最近あまり色が変わらなくて……」
兄が心配そうに話す。
カメレオンは枝にしがみつき、少し元気がなさそうだった。
診察すると栄養不足が原因とわかり、専用の餌やビタミンについて説明した。
「へぇ、カメレオンってこうやって舌を伸ばすんだ!」
妹が動画を見て目を輝かせると、カラがちょうど舌を伸ばして小さな虫を捕らえた。
その瞬間、待合室に笑い声が広がった。
夕方の待合室
夕方、病院の待合室には犬や猫に混ざって、カメ吉、ゲン、カラが並んでいた。
甲羅を持つカメ、無表情に見えるイグアナ、色を変えるカメレオン。
「なんだか動物園みたいですね」
美咲が笑うと、飼い主たちも「本当だ」と頷き合った。
犬や猫に比べれば珍しい存在かもしれない。
けれど、その小さな命を心から大切に思う気持ちは、どの飼い主も同じだった。
夜 静かな余韻
診療が終わり、片付けをしながら美咲が言った。
「今日は本当に珍しい日でしたね。カメにイグアナにカメレオン……」
「そうだな。どんな動物も、飼い主にとっては大切な家族だ」
私は窓の外の雨を眺めながら答える。
静かな夜の空気に、甲羅の重みや、鱗の手触りがまだ残っているような気がした。
今日は確かに、少し特別な一日だった。




