「路地裏の仲間たち」
初夏の風
5月の終わり、街路樹の緑はますます濃さを増し、昼下がりには夏を思わせる日差しが降り注いでいた。
「先生、最近この辺りの路地で猫をよく見かけませんか?」
受付でカルテを整理していた美咲が、ふとつぶやいた。
「ああ、商店街の裏のあたりだろう? 以前から地域猫がいるんだ。町内の人たちで世話をしていると聞いたよ」
私は診察の準備をしながら答える。
「そうなんですね。なんだかみんなで見守ってる感じ、いいですね」
その日の診療は、いつもと少し違う雰囲気を帯びることになる。
午前 茶トラのトラジ
午前中、近所の商店街の店主が猫を抱えて駆け込んできた。
「先生、この子が足をけがしていて……」
診察台にのせられたのは茶トラの猫。
名前は「トラジ」と呼ばれているらしい。
耳の先が少し欠け、外で生き抜いてきたことを物語っていた。
後ろ足に小さな傷があり、化膿しかけていた。
私は丁寧に洗浄し、消毒と処置を施す。
トラジは最初こそ威嚇したが、やがて観念したようにじっとしていた。
「この子、みんなでごはんをあげてるんです。だから町内の人気者でね」
店主は安堵の表情を浮かべながら話した。
午前後半 黒猫のクロ
その後、今度は小学生の男の子がキャリーを抱えてやってきた。
中には黒猫がちょこんと座っていた。
「クロって呼んでます。ちょっと目が赤くなってて……」
診察すると、軽い結膜炎だった。
「薬を差してあげればすぐ良くなるよ」
そう伝えると、男の子は真剣に頷いた。
「学校の帰りにいつも遊んでくれるんです。だから元気でいてほしくて」
クロはキャリーの中から静かに男の子を見上げていた。
飼い主ではなくても、確かにそこには絆のようなものがあった。
昼 地域の人々と猫たち
昼休み、美咲と一緒に病院の裏手に回ると、数匹の猫が日陰で丸くなっていた。
白黒模様、三毛、灰色の毛並み。
それぞれに誰かしらから名前をもらい、町の一員のように過ごしているらしい。
「みんな自由に生きてるんですね」
美咲が微笑む。
「そうだな。外の暮らしは厳しいけど、地域の人に支えられてる」
私は猫たちの姿を見ながら答えた。
猫たちは私たちをちらりと見ると、また眠そうに目を閉じた。
そこには安心感が漂っていた。
午後 三毛猫のミケ
午後になると、今度は町内会の女性が三毛猫を連れてきた。
「避妊手術をお願いしたいんです。この子、最近子猫を産んでばかりで……」
診察すると、健康状態は良好。
外で生きる猫にとって、繁殖を抑えることは地域全体のためでもある。
手術の日程を決めると、女性はほっとした顔をした。
「みんなで協力してお世話してるから、少しずつでもいい環境にしてあげたくて」
その言葉には強い優しさがあった。
夕方 病院の待合室
夕方の待合室には、偶然にも地域猫たちがそろっていた。
トラジは消毒を終えて落ち着き、クロは薬をさしてもらい、ミケはキャリーの中で静かにしている。
それぞれの猫を連れてきた人々が顔を合わせると、自然に会話が始まった。
「この子、いつもパン屋の前で寝てるんですよ」
「クロは駄菓子屋のところにもよくいます」
待合室はまるで井戸端会議のようになり、猫たちはその真ん中でゆったりと身づくろいをしていた。
夜 先生と美咲
診療が終わり、片付けをしながら美咲が言った。
「地域の人たちが協力して猫を守ってる姿、すごく素敵でした」
「そうだな。飼い主はいなくても、みんなに愛されてる。そういう幸せの形もあるんだ」
私はカルテを閉じながら答える。
窓の外では、夕暮れの風にのってどこからか猫の鳴き声が聞こえてきた。
きっとまた、路地裏で仲間たちと過ごしているのだろう。




