「小さな羽音」
5月の朝
連休が過ぎたばかりの5月、街路樹の若葉が陽にきらめき、さわやかな風が病院の窓を揺らしていた。
「先生、今日は小鳥の予約が二件入ってます」
受付でカルテを確認していた美咲が、少し弾んだ声で伝えてきた。
「小鳥は緊張しやすいから、待ち時間をできるだけ短くしてあげよう」
私はそう答えながら、小さな体を診るための器具を準備した。
普段は犬や猫が多い「ひだまり動物クリニック」も、ときどき小動物たちが訪れる。
その日は、まるで小さな命たちが集まる特別な日になる予感がしていた。
午前 セキセイインコのピピ
最初にやって来たのは、小さな鳥かごを抱えた男の子と母親だった。
「ピピ、ちょっと元気がなくて……」
中を覗くと、青と白の羽を持つセキセイインコが止まり木で羽を膨らませていた。
診察台に小さな布を敷き、その上にそっとピピを出す。
「怖くないよ、大丈夫」
私は声を落とし、できるだけ優しい動作で羽や体重を確認していく。
軽い消化不良が原因とわかり、食事のアドバイスをすると、男の子は真剣に聞き入っていた。
「ピピ、早く元気になろうね」
そう囁くと、ピピが小さく「ピィ」と鳴いた。
午前後半 ハムスターのくるみ
次に来たのは、小さな透明ケースを抱えた女の子。
中には、毛並みのふわふわしたハムスターがもぞもぞと動いていた。
「名前はくるみです。最近、ごはんを残すことが多くて……」
診察台にタオルを敷き、くるみをそっと乗せる。
小さな体を触る指先には、まるで羽のような軽さしか伝わってこない。
検査をすると、歯が少し伸びすぎていて、食べにくそうにしていることがわかった。
処置を終えると、くるみは安心したように餌を少し齧り始めた。
女の子はほっと胸を撫で下ろし、「ありがとう、先生」と笑顔を見せた。
昼下がり 文鳥のしらたま
午後になると、白い文鳥を連れた年配の女性がやって来た。
「この子は昔から一緒でね、最近少し疲れやすくて……」
しらたまという名の文鳥は、真っ白な羽を震わせながら女性の指にとまっていた。
診察台にそっと移すと、目を細めるようにしてこちらを見つめる。
検査の結果は年齢による体力の低下。
大きな病気ではないと伝えると、女性は安心したように微笑んだ。
「まだまだ一緒に季節を見たいから、大事にしますね」
待合室で再び女性の指に戻ったしらたまは、静かに羽を震わせ、寄り添うように身を預けていた。
午後後半 フェレットのミント
その日の締めくくりにやって来たのは、元気いっぱいのフェレットだった。
名前はミント。飼い主の若い夫婦の腕の中で、落ち着きなく動き回っている。
「ちょっとお腹を壊したみたいで……」
診察台に乗せると、ミントはきょろきょろと辺りを見回し、時折いたずらっぽい目をする。
検査を終え、食事の改善を伝えると、夫婦は「やっぱり拾い食いかな」と顔を見合わせて笑った。
「元気すぎるくらいなんです、この子」
そう語る二人の声に、病院の空気も少し明るくなる。
夕方の病院
夕方の待合室には、まだピピの男の子とくるみの女の子が残っていた。
鳥かごから小さくさえずる声、ケースの中でくるくる回るハムスターの姿。
大きな犬や猫に比べれば、小さな音、小さな動き。
それでも飼い主にとってはかけがえのない家族であり、その思いが空間全体を温かく包んでいた。
窓の外では新緑が揺れ、小さな命たちの声と重なるように、風が柔らかく吹き抜けていた。
夜 先生と美咲
診療が終わり、カルテを書きながら美咲がぽつりと呟いた。
「犬や猫も可愛いですけど、小さい子たちって……なんだか守りたくなる存在ですね」
「そうだな。小さい体だからこそ、その命の重さを強く感じるんだと思う」
私は窓の外を見ながら答えた。
夜の風に葉が揺れ、昼間の小さな羽音がまだ残っているような気がした。
今日もまた、たくさんの命に触れた一日だった。




