「雨音の待合室」
四月の雨
四月も後半に差し掛かり、街はしとしととした春の雨に包まれていた。
「ひだまり動物クリニック」の窓にも水滴がつたっては流れ、外の景色を柔らかくぼかしている。
「先生、今日はキャンセルも多いけど、逆に雨の中でも来てくださる患者さんもいるみたいです」
美咲が受付から声をかけた。
「雨の日は動物たちも少し不安そうになることが多い。丁寧に診てあげよう」
私は診察室のライトをつけ、器具を並べながら答えた。
午前 ベルと女の子
最初にやって来たのは、カラフルなレインコートを着た女の子と、その隣で同じ色の小さなレインコートを着せてもらったベルだった。
「先生、見てください! ベルもおそろいなんです!」
女の子が嬉しそうに笑う。
ベルは少し濡れた鼻をひくひくさせながら診察台に乗り、しっぽを振っていた。
体調に問題はなく、雨の日の散歩も楽しんでいるようだ。
「ベルは雨でも元気だね」
そう言うと、女の子は「だって水たまりに飛び込むのが好きなんです!」と笑った。
待合室に、雨音とは別の明るさが広がった。
午前後半 リクと加藤さん
続いてやって来たのはリク。
大きな傘を差した加藤さんに寄り添いながら、静かに病院に入ってきた。
診察台に乗せると、リクの毛には少し雨粒が残っていて、それがしっとりと光っている。
「雨の日はあまり外に出たがらないんですけど、今日は健診だからって言ったらついてきてくれました」
加藤さんの声はどこか誇らしげだった。
リクは落ち着いて診察を受け、最後にゆっくりとしっぽを振った。
外の雨音とリクの静けさが、不思議とよく合っていた。
昼前 チャイとモカ
ご夫婦に抱えられてキャリーに入って来たチャイとモカは、いつもより落ち着きがなかった。
「雨の音が苦手みたいで……」
ご夫婦が困ったように笑う。
診察台に出すと、二匹は耳をぴんと立てて、窓に当たる雨粒の音にびくりと反応していた。
「大丈夫だよ、怖くない」
美咲が優しく声をかけ、私がそっと体を支えて診察を進める。
終わると二匹は同時に「にゃっ」と短く鳴いて、ご夫婦の胸に飛び込んだ。
「雨の日はいつもこんな感じなんです」
そう語るご夫婦の表情には、困りながらも愛おしさがにじんでいた。
午後 ユキと飼い主さん
午後になるとユキが来院した。
真っ白な毛並みが雨で少ししっとりしていて、よりいっそう凛とした雰囲気を漂わせている。
「この子は雨をじっと眺めているのが好きなんです」
飼い主さんが静かに話す。
診察中もユキは窓の外を見つめ、流れる雨粒を目で追っていた。
「きっと、音や光を楽しんでいるんでしょうね」
私がそう言うと、飼い主さんは微笑みながら頷いた。
夕方の待合室
夕方、病院の待合室には雨宿りのような雰囲気があった。
傘から滴る水が玄関に並び、動物たちはそれぞれ飼い主のそばでくつろいでいる。
ベルは女の子と一緒に絵本を見て、リクは加藤さんの足元で静かに眠り、チャイとモカはタオルにくるまれて丸まっていた。
ユキは窓辺に座り、外の雨をずっと眺めている。
雨音が待合室を包み込み、そこには穏やかで温かな時間が流れていた。
夜 雨上がりの空気
診察が終わるころには、雨は小降りになっていた。
玄関を出ると、アスファルトには水たまりがきらめき、街灯に映る景色はどこか透明感を帯びている。
「先生、雨の日も悪くないですね」
美咲が空を見上げながら言った。
「そうだな。雨だからこそ見える景色もある」
私も頷いた。
動物たちと飼い主さんが、それぞれの雨の日を過ごし、その記憶を持ち帰っていく。
そんな一日を見届けられるのもまた、この病院の大切な役割だった。




