1 春の朝
1 春の朝
四月のはじめ。
病院の窓から差し込む光は、もう冬のそれとは違ってやわらかく、ほんのりと甘い匂いを運んでいた。
「桜が咲きはじめたって聞いたよ」
美咲が声を弾ませると、女の子の目がぱっと輝いた。
「さくら! 見に行きたい!」
ベルは尻尾をぶんぶんと振り、チャイは玄関をくるくると駆け回る。
モカは「またはしゃぐんだから……」と小さく鳴き、リクは落ち着いた眼差しで女の子の足元に座った。
ユキは窓辺から外をじっと眺め、もう桜の場所を知っているように視線を遠くへ向けていた。
2 並木道へ
川沿いの道を歩くと、ちらほらと桜が花を開いていた。
風にのって、かすかに花の香りが漂う。
女の子は両手を広げて駆け出し、ベルとチャイも嬉しそうに追いかけた。
モカは慌ててその後を追い、「転ばないでよ!」とでも言うように鳴く。
リクはゆったりと歩調を合わせ、ユキは石垣の上を軽やかに進んだ。
やがて見えてきたのは、満開に近い桜並木。
枝いっぱいに咲いた薄桃色の花が、空を覆うように広がっていた。
「わぁ……!」
女の子は立ち止まり、見上げたまま息を呑んだ。
3 桜のトンネル
並木道を進むと、桜の枝が左右から重なり合い、まるで花のトンネルのようだった。
風が吹くたびに、はらりはらりと花びらが舞い落ちてくる。
ベルは花びらを追いかけて飛び跳ね、チャイは口でぱくりと掴もうとする。
モカは「食べられないってば!」と必死に鳴き、女の子は笑い転げた。
リクは静かに舞い落ちる花びらを目で追い、ユキは高い枝にぴょんと飛び乗って、そこから花の海を眺めた。
「お姫さまみたい……」と女の子が呟くと、美咲も「ほんとだね」と笑った。
4 お花見ランチ
並木道の広場にシートを敷いて、お弁当を広げる。
春らしく、菜の花のおひたしや桜色のおにぎりも入っていた。
女の子が「さくらのおにぎりだ!」と目を丸くすると、美咲は「桜の塩漬けだよ。ちょっとしょっぱいけどね」と教えた。
ベルとチャイはおやつをもらって大はしゃぎ。
モカは慎重に食べながら、こぼれたおかずを見張る。
リクはのんびりと味わい、ユキは少し離れて座りながらも、おすそ分けを受け取った。
桜吹雪の中で食べる昼ごはんは、いつもよりもずっとおいしく感じられた。
5 午後の散歩
食後、みんなで並木道をもう一度歩いた。
川の水面にも花びらが浮かび、流れに乗ってゆっくりと下っていく。
女の子は小枝を拾って、花びらをそっと流してみた。
「いってらっしゃい」
その声に合わせて、ベルがわんわんと吠え、チャイが嬉しそうに跳ねた。
モカは川に落ちないかと心配し、リクは静かにその光景を見守った。
ユキは桜の枝の間をすり抜けながら、ひらひらと舞う花びらを体にまとっていた。
6 夕暮れの桜
日が傾くと、桜並木は夕陽に染まり、黄金色と薄紅色が混ざった幻想的な景色になった。
「きれい……」
女の子がぽつりとつぶやくと、美咲も「春の魔法みたいだね」と答えた。
ベルとチャイは遊び疲れて女の子の足元に寄り添い、モカは安心したように大きなあくびをした。
リクは最後までまっすぐ前を歩き、ユキは枝の上からその景色を心に刻むように見下ろしていた。
病院への帰り道、花びらがまだ肩や毛に残り、春の思い出をそっと飾っていた。




