「バレンタインの贈り物」
2月14日 朝
二月の空気はまだ冷たいけれど、街のショーウィンドウには赤やピンクのリボンが並び、どこか浮き立つような雰囲気に包まれていた。
「ひだまり動物クリニック」の待合室にも、小さなハート模様の折り紙飾りが美咲の手でそっと貼られている。
「美咲さん、今日はなんだか華やかだね」
そう声をかけると、美咲はちょっと頬を赤くしながら笑った。
「バレンタインですから! 動物病院にも、こういう雰囲気が少しあってもいいかなって」
午前の診察と小さな贈り物
最初にやって来たのはリクと加藤さん。
加藤さんは診察後、紙袋を差し出した。
「先生、美咲さんも。ほんの気持ちだよ」
中には可愛らしい犬型クッキーが入っていた。
「リクは食べられないけど、私たちで召し上がってください」
とにこやかに笑う。
続いてチャイとモカが登場。
ご夫婦はにぎやかな子猫たちを抱えながら「今日は猫型のチョコを持ってきたんです」と笑顔で渡してくださった。
パッケージには「人間用」と大きく書かれていて、二匹のやんちゃぶりを思わせるユーモアがあった。
午後のサプライズ
昼過ぎにはユキと飼い主さんが来院。
ユキは診察台の上で堂々と座り、青い瞳をこちらに向けている。
飼い主さんは小さな封筒を美咲に手渡した。
「バレンタインカードです。いつも優しくしてくださるから」
中には、ユキの写真と手書きの「ありがとう」の文字。
美咲は感激して「宝物にします!」と目を輝かせていた。
その後に来たのはベルと女の子。
「ベルからもプレゼント!」
そう言って女の子が差し出したのは、犬用のビスケットを詰め合わせた小さな箱。
「先生と美咲さんにもクッキー入ってます!」
ベルはしっぽをぶんぶん振り、まるで「ぼくからの気持ちだよ」と言っているようだった。
夕方のひと幕
診察が一段落した頃、美咲が少しそわそわしているのに気づいた。
「どうしたの?」と尋ねると、彼女は小さな箱を差し出してきた。
「せ、先生……これ、バレンタインなので。大したものじゃないんですけど」
箱を開けると、手作りらしいシンプルなチョコレート。
少し不揃いな形が、逆に心を温める。
「ありがとう。美咲さんの気持ちが嬉しいよ」
そう言うと、美咲は照れ隠しのようにカルテ整理に戻ってしまった。
夜 病院に残る甘い余韻
その日の夜。
机の上には、飼い主さんや美咲からもらった贈り物が並んでいた。
どれも派手ではないけれど、心のこもったものばかりだ。
私はひとつのチョコを口に運びながら、ふと考えた。
――動物たちが人を結び、人が動物を思い、そして私たちもその輪に入っている。
窓の外にはまだ冷たい風が吹いていたが、病院の中はほんのり甘い香りと温かさで満たされていた。