41.ヴォルクハイトの灯り
広場では、子どもたちが歓声を上げながら光の鳥を追いかけていた。
魔法の魚がふわりと空を泳ぎ、誰かが棒で当てると、ぱんっと弾けて花の光が降り注ぐ。
「当たった! 当たったぞ!」
「次は私だ!」
屋台の前では、蒸気を上げる大鍋の周りに人だかりができていた。
「温泉卵、まだあるかい!」
「苺ヤギミルクももう一杯!」
湯屋の方からは、風呂上がりの人々が頬を赤くして出てくる。
「はぁ〜……生き返るなぁ!」
「この領に来てから風呂が楽しみになったよ」
少し離れた場所では、商人たちが驚いた顔で布を広げていた。
「これが噂のヴォルクハイト織りか……」
「色も揃っているし、布も丈夫だ。都で売ればきっと高く売れるぞ」
その声を聞きながら、父は腕を組んで静かに広場を見渡した。
「……人が増えたな」
母が優しく頷く。
「ええ。商人も旅人も、ずいぶん多くなりましたね」
アマーリエは記録帳をめくりながら言った。
「温泉街の宿も、来月には満室になるそうよ。
湯屋の数も、そろそろもう一つ増やした方がいいかもしれないわね」
ジークは笑いながら肩をすくめる。
「まったく、忙しくなったもんだ。
前は雪が降ると静かなもんだったのにな」
その言葉を聞きながら、コリィは少し離れたところで祭りを眺めていた。
暖かな灯り。
笑い声。
湯気の向こうで揺れる屋台。
どこを見ても、人々の顔は明るかった。
(……すごいなぁ)
ほんの少し前まで、この場所には水路もなかった。
冬になると水は凍り、湯屋もなく、祭りも今ほど賑やかではなかった。
それが今は――
温泉があり、
織物があり、
美味しい食べ物があり、
人が集まる。
コリィは胸に手を当てた。
(わたし…がんばったな)
そう思いかけて、すぐに首を振る。
違う。
水路を掘ったのは兵士たち。
設計を形にしたのはアマーリエ。
織機を作ったのは職人たち。
湯屋を建てたのも、温泉街を広げたのも、みんなだ。
「……コリィ?」
母の声に振り向くと、家族がすぐ後ろに立っていた。
父が静かに言う。
「何を考えていたんだい」
コリィは少し照れて、はにかんだ。
「みんなが楽しそうだなぁって思って」
ジークが笑って頭をぽんと撫でる。
「そりゃそうだろ。コリィのおかげなんだぞ」
「ち、違いますよ」
コリィは慌てて首を振る。
「みんなが一緒にやってくれたからです。
わたし一人じゃ、何もできませんでした」
アマーリエは優しく笑った。
「それでも、最初の一歩を踏み出したのはあなたよ」
父もゆっくり頷く。
「領主の役目は、道を示すことだ」
母はそっとコリィの肩を抱いた。
「あなたは、とても良い道を見つけてくれたのね」
その言葉に、コリィの胸の奥がじんわりと温かくなる。
ふと、夜空を見上げた。
光の鳥がゆっくりと空を舞っている。
(前の世界では……)
病室の窓から空を見ていた。
体は弱く、遠くへ行くこともできなかった。
本の中の江戸の町。
温泉。
人々の暮らし。
それを読むだけで、わくわくしていた。
でも今は——
こうして自分の足で立って、
みんなと一緒に笑っている。
コリィはそっと呟いた。
「……わたし、本当に幸せです」
その声に、家族は誰も驚かなかった。
父は静かに微笑み、
母は優しく頷き、
ジークとアマーリエも顔を見合わせて笑った。
祭りの灯りは、夜遅くまで消えることはなかった。
ヴォルクハイト領には、
温泉の湯気と、
人々の笑い声が広がっている。
そして――
コルネリア・ヴォルクハイトの
小さな“やってみよう”から始まった物語は、
これからも、きっと。
あたたかく続いていくのだった。
おしまい٩( 'ω' )و
読んでくださってありがとうございました٩( 'ω' )و




