36.料理長の決意
ホットチョコの衝撃から数日後。
厨房では料理長が、真剣な顔でカカオ豆を手にしていた。
「……お嬢様は“前世では病気で甘いものをほとんど食べられなかった”と仰ったな」
その言葉を思い出し、拳をぎゅっと握る。
「……ならばこの手で、お嬢様の知らないほどの菓子を作ってみせる!」
料理長はカカオ豆を焙煎し、粉にし、砂糖やバターを加え……だが、出来上がったのは苦くてざらついた塊だった。
「ぐっ……これではダメか……」
そこへアマーリエが現れる。
「温度を管理すれば、もっと滑らかになるかもしれないわ」
彼女は設計図を取り出し、温度計の代わりに魔力で温度を一定に保つ器具を考案する。
ジークも腕を組みながらにやりと笑う。
「よし、力仕事は俺に任せろ! 豆を砕くくらいならいくらでもやってやる!」
母は優しく微笑みながら言った。
「コリィを喜ばせたい……みんな同じ気持ちなのね」
ーーー
数日間、厨房からは香ばしい香りと、失敗の声が響き続けた。
「うぐっ!舌触りが…ざらざらしてる!」
「温度をもっと下げろ、今度は上げすぎた!」
「でも香りは良くなってきたわ!」
ついに完成したのは――まだ板チョコには程遠いけれど、
パンに塗れるチョコペーストと、果物にかけられるチョコソースだった。
ーーーー
ある日、食堂に呼ばれたコリィ。
テーブルの上には、苺にチョコをかけた皿と、パンに塗ったチョコペーストが並んでいた。
「……これは?」
首をかしげるコリィに、料理長が誇らしげに頭を下げる。
「お嬢様のために、新しい菓子を作ってみました」
「えっ……わたしのために……?」
アマーリエも胸を張って言う。
「コリィの話を聞いて、どうしても作りたくなったの。あなたが食べたかった“前世のお菓子”を」
ジークもにやにやしながら。
「お前を驚かせたくてな」
恐る恐る口にしたコリィの目から、涙が溢れた。
「……美味しい……こんなの、こんなに美味しいもの…初めて食べるわ……」
母がそっと肩を抱きしめ、父が穏やかに頷いた。
「これからは、ここでいくらでも食べられる。
ヴォルクハイトは……お前の幸せのためにあるのだから」
コリィは涙と笑顔を浮かべ、両手でカップを抱きしめた。
「えへへ……本当に、幸せです」




