35.カカオ
祭りの後日。
領に滞在していた商人が、布の袋を抱えてヴォルクハイト邸を訪れた。
「お嬢様……いえ、コルネリア様。あのお祭りで出ていた菓子や飲み物に、たいそう驚かされましてな。
こちらは我々の商会が遠方の国より仕入れた“カカオ豆”という代物です。苦くてとても飲食には向かぬと評判なのですが……もしやコルネリア様であれば使い道を見出して下さるやもと思いまして恐れながらお持ちいたしました。」
袋を開けると、中から黒ずんだ豆が現れた。
兵士や職人は顔をしかめる。
「これが食えるのか……?」「まるで石炭みたいだな」
コリィは興味津々で豆を手に取り、にっこり笑った。
「これ…カカオです!前の世界でもあったんです! 苦いままだと食べにくいけれど、砂糖とミルクを合わせれば……甘くて美味しい飲み物になりますよ!」
アマーリエが眉を上げる。
「そんな風に変わるの……?」
コリィは調理場に籠り、豆を砕いて煮出し、砂糖とヤギミルクを加えた。
立ちのぼる香りに、みんなが思わず鼻をひくつかせる。
「さぁ、どうぞ!」
カップを手渡され、ジークが一口すすると――
「……っ!? なんだこの濃厚さは! 苦いのに、甘くて……体が熱くなる!」
母も口をつけ、目を細めてうっとりと笑った。
「香りがとても豊か……こんな飲み物、初めてですわ」
アマーリエは真剣な表情で味を確かめ、静かに言った。
「……これは領の名物になるわ。きっと都でも大評判よ」
父は深く頷き、商人に向き直った。
「この“カカオ”を優先的に回してもらえぬか。我がヴォルクハイト領で、大いに育ててみせよう」
商人は目を丸くし、やがて嬉しそうに頭を下げた。
「はっ! まさかこんな価値を見出していただけるとは……!」
コリィは両手でカップを抱え、ほかほかの甘さに頬を赤らめながら言った。
「前世では病気がちで食べるものも決められていたから滅多に食べられなかったの。今はとっても健康だからたくさん食べたいわ」
母は思わず涙目になりながらこくこくと頷きながらコリィを抱きしめた。




