2.魔法があるの!?
屋敷の広間。
兄のジークが手をかざすと、ランプに炎が灯った。
母のエレオノーラは指先をすっと動かし、花瓶に澄んだ水を注ぐ。
姉のアマーリエは本を開いたまま、光の玉を浮かべて読書を続けている。
――魔法。
生まれたばかりの世界で、当たり前のように人々が使う不思議な力。
コリィは毛布にくるまりながら、それを見て胸をときめかせていた。
「わぁ……いいなぁ! 私もやってみたい!」
けれど声は届かない。
出てくるのは幼い喃語ばかり。
「ばぶー!」「あぶぅ!」
家族は「かわいいなぁ」と微笑むだけ。
(ちがうの! そうじゃなくて! 私も火とか水とか、出してみたいのに〜!)
もどかしさを抱えたまま、コリィは真似をして両手を突き出す。
「……っ!」
力いっぱい目を閉じて、全身に力をこめる。
……何も起きない。
(うぅ〜……なんで? みんな簡単そうにやってたのに……)
じんわり涙がにじんでくる。
眠気が襲ってきて、こてんと横になった。
――そのとき。
ふと、前世の小夜としての記憶がよみがえる。
病室のベッドの上で、本にかじりついていた日々。
「坐禅」「丹田呼吸」「心を静める瞑想」……。
江戸文化を調べるうちに、そこから派生して色んな本を読んでいたことを思い出す。
(そうだ……力むんじゃなくて、息を整えて……お腹の奥、丹田に意識を集めるんだった)
深く息を吸い、ゆっくり吐く。
赤ん坊の体でも、できる限り呼吸を意識する。
心を澄ませ、両手をそっと合わせた。
次の瞬間――
ぽっ。
指先に、小さな光が生まれた。
蛍のように淡く揺れる、あたたかな光。
「……!! 出た……! ほんとに出た!」
赤ん坊の声では「きゃあ!あぶー!」としか聞こえない。
けれど心の中では歓喜が弾けていた。
「わたしも魔法が……できた!」
にこにこと両手を掲げるコリィ。
偶然それを見た乳母は、思わず手を合わせて息をのんだ。
「……お嬢様が……光を……!」
翌朝には屋敷中に噂が広がっていた。
「コルネリアお嬢様が光を灯された」と。
けれど当の本人はただ無邪気に――
「えへへ〜!できちゃった」
と笑っているだけだった。