第99話 【大魔物使い】
東の砦に到着した俺たちは、ネヤの指揮の下に魔物と戦っていた。
彼女は言葉通りに、上級職たちの経験値を稼がせるために、上級職たちだけで組まれた部隊を編成して魔物と戦わせている。
彼らの手に余るなら、最上級職たちが手助けするというやり方だ。
なので、俺はネヤの隣で見ているだけだから、何もやることがない。それは俺の後ろに控えているマークⅡ、マークⅢ、ワンちゃんも同じだ。
彼女らは座り込んで木の枝で地面に絵を描いて時間を潰している。ここは戦場だというのに全く緊張感がなく、俺たちの横を通り過ぎる冒険者たちは奇異の眼差しで彼女らを見ている。
だが、この状況に痺れを切らしたのが、俺の肩にダークと一緒にのっていた戦闘狂のマークⅠだ。
ダークに騎乗したマークⅠが俺の肩から飛び立ち、ミコの周りをアピールするかのようにふわふわと飛んでいる。
ここは東の砦の前なので冒険者たちの数も多く、それほど連戦になることはない。だが、戦っているのが上級職たちなので戦闘に時間がかかり、連戦どころか魔物の群れ二つと同時に戦うことになることもある。
無論、【大怪盗】のギルの索敵によって、ネヤは周辺の大まかな魔物の位置を知っている。なので、前もってミコたち最上級職を送り込んで阻止しているが、マークⅠたちもそれに加わり始めた。
それに加えてマークⅠは、『気配探知』で魔物の位置を捕捉し、ダークと一緒にふわふわと飛んでいく。
マークⅠの狙いは遠距離攻撃手段を持たない魔物たちだ。マークⅠたちはスネーク種の群れやアリゲーター種の群れを空から攻撃し、魔物たちは一方的に攻撃されてなす術なく倒されていく。
その後も俺たちは魔物を倒し続けてやがて昼時になり、仲間たちが砦の防壁まで後退して昼食を取り始める。
冒険者たちの数も多いので魔物に不意打ちをくらう危険性はほとんどないが、それでも俺は仲間たちの前に出て見張りを務める。
「暇ですわ」
俺の横に並び立ったマークⅢが不満げに言い放つ。
だろうな。だが、彼女らは働きすぎだと思うので遊ばせておいたが、暇だと言うのなら仕方ない。
「ならマークⅡと一緒に拠点に戻ってクーガたちを転職の神殿に連れて行ってくれ。もう解体も終わっているだろうからな」
「ですが、マスターは私とマークⅡに、ネヤたちのフォローをしろと言いましたわ」
「確かにそう指示したが、今日の感じだと上級職たちの経験値稼ぎが終わるまでは、俺たちはいらないと判断した。だから俺も夜には合流するからお前たちは先に行ってくれ」
「分かりましたの」
マークⅢは次元の裂け目から俺が購入した台車10台を地面に並べると、マークⅡと一緒にあっという間に点になった。
忘れてたぜ。マークⅢがいなければ魔物の首や素材を、台車で運ばないといけないんだったな。
「全体を気にせず、一戦士として戦うのも悪くないな」
いつの間にかラードが干し肉を食べながら俺の隣に立っていて、その横にはギルの姿もある。
……だろうな、俺も指揮ばかりやっているから気持ちは分かる。
「ていうか、この隊は女性が多すぎないっすか? なんか落ち着かないんっすよ」
「気持ちは分かる。前はデインたちがいたからマシだったんだが、お前が入ってくれて助かるぜ。てか、お前は女性陣から人気があるからいいじゃねぇか」
ラードが羨ましそうに話す。
「えっ? そうなんっすか?」
ギルが意外そうな顔をする。
「ああ、カッコイイとか優しそうとかマロン隊の連中が言ってたぜ」
「たぶん、俺が【大怪盗】だからっすよ。【盗賊】だったときは誰にもそんなこと言われなかったっすから」
「……そういうもんなのか。けど悪い気はしないだろ。誰が好みなんだよ?」
「そういうラードさんはキャニルさんと付き合ってるんっすよね?」
「なっ!? お、俺のことはいいんだよ!! お前の話をしてるんだからな……一緒だったカミーラとかどうなんだ?」
ギルの並外れた洞察力に、ラードは誤魔化すこともできずに狼狽えている。
「カミーラは綺麗系で美人っすから緊張するんっすよね」
「確かにカミーラは美人だよな。だが俺的には【痩せ分身】で二人に増えたときのミコが、凛としてて一番綺麗だと思うけどな」
「誰が一番綺麗ですって?」
背後から聞こえた声に俺たちが我知らずに振り返ると、そこにはパンや干し肉などを詰めた鞄を胸に抱えたキャニルが立っていた。
「い、いや、ち、違うんだ……」
青ざめたラードがたじろぐと、キャニルはすかさずラードの頬をつねり上げる。
悲鳴を上げるラードを尻目に、周囲の冒険者たちが一斉に騒ぎ出す。
気になった俺たちが騒ぎの中心へと歩き出すと、ネヤたちも俺たちに追従する。
砦の門の前には10人組の女冒険者と10匹を超える魔物が控えていて、その内の1匹がとてつもなく巨大だった。
ハイ・スコーピオンだと!?
俺は声を失った。
「な、なんすかあれ? 上位種っすか?」
「……たぶん、そうだと思うが、ハイ・ジャイアントスパイダーに比べたら小さいな」
キャニルと一緒に遅れてやってきたラードが真顔で返答する。
黒髪の女冒険者が人族語学習セットを用いて、現地人の冒険者と対話していて、それを目の当たりにしたキャニルが呟く。
「もしかしてゼリルかもしれないわね」
ゼリル? なんかどこかで聞いたことがある名前だな。もしかして、アフネアが言っていた【大魔物使い】のゼリルのことか?
「人族語学習セットを使ってるってことは日本人なのは確実よね」
そう話したネヤは女冒険者たちの動向に釘付けだ。
しばらくすると、現地人と共に女冒険者たちは砦の中に入って行ったのだった。
「……彼女たちが砦前で戦うのなら話す機会があったのに。まぁ、十中八九、【大魔物使い】のゼリルの隊だと思うけど」
ネヤは残念そうにしている。
「俺は西の小屋があった辺りでクラウザーを見たぞ」
「えっ!?」
俺の唐突な発言に対して、仲間たちはあまりの驚愕に硬直した。
「俺はクラウザーが噂の四人の中で、【風使い】のヒュリルの次に強いと思ってたんだ。どんな奴だったんだ?」
ラードは目を輝かせて問いかける。
「黒一色の格好で威圧的な感じだったな。それに仲間が五人ぐらいいた」
「戦ってるところを見てないのか?」
「アヴェンジャーを一撃で倒していたぞ」
「ありえねぇだろう……」
ラードの声には、隠しきれない動揺がにじんでいた。
ラードからすれば殺されかけた相手だから、そう思うのも無理もない。
「クラウザーの仲間たちがクラウザーにアヴェンジャーの頭を食うか確認していたから、魔物を食うって噂は本当みたいだな」
「マジでクラウザーの職業は何なんだよ?」
ラードは頭をかきむしりながら、訳が分からんとばかりに空を仰いだ。
「アヴェンジャーを仕留めた特殊能力は『発勁』だと思うが、帯刀していたから最上級職の【魔闘士】とも思えない。要するに、漫画や映画なんかで出てくる、食った奴の能力を取り込める職業だと推測できる」
「それならクラウザーが一番強くなる可能性が高いってことね」
キャニルの呟きに、仲間たちが凍りつく。
この推測が当たっていたとすると、危惧するのはクラウザーの意思に反して彼が暴走してしまうことだろう。根拠はプニが猫ちゃんに特殊能力を譲渡したときに、爆発して死ぬ恐れがあると語ったからだ。
つまり、リスクがある可能性が極めて高いことが窺える。
最悪の事態にならなければいいが……俺はそう思わずにはいられなかった。
その後、俺たちは砦の周辺で魔物を倒し続けて日が暮れる。
戦士の村に帰還した俺たちは、台車に積まれた魔物の首や素材を冒険者ギルドで換金してから宿に向かう。
一日様子を見たが、やはり俺がいてもいなくても変わらないと思った俺は、隊のことはネヤに任せて古宿の拠点に帰還した。
すでにマークⅡたちはエルザフィールの街から戻ってきていて、クーガだけが【重戦士】に転職できたことをマークⅢから報告を受けた。
そして、マークⅢからガダン商会の品物を渡される。すべて、高品質な鋼の剣、槍、斧、鎧、ブーツ、兜、盾、大盾、数はそれぞれ100ずつだ。
一瞬、こんなにいるのかと脳裏をよぎったが、俺の強化の半数は耐久値が上がる。耐久値が上がった武具は、売却されるので妥当かと思い直し、俺は武具を強化するのだった。
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