第98話 マッハパンチ
俺たちは南の砦付近で昼頃まで狩りを行い、昼飯を食べていた。
「もうこの辺りで魔物を見つけるのは難しいですの。狩場を変えるべきですわ」
確かにな。ここは初心者エリアだから、そもそも魔物の数が少なすぎるしな。とはいえ、村から西側は遠いし、ここから南は湖の勢力と黒亜人たちが戦争しているだろうから、少しキツイかもしれないが東に行ってみるか。
「休憩が終わったら東の砦に行くぞ」
「分かりましたの」
休憩終了後に、俺が強化した鋼の剣を新人たちに支給するように、マークⅢに指示した。
俺たちは東の砦を目指して進軍を開始する。
俺たちは魔物を倒しながら難なく進んでいくが、斥候から戻った見張り役が難しげな表情で俺に報告した。
「前方のラット種の群れの数は10匹を軽く超えていますので指揮不能です」
だろうな。これまでは多くても5匹までだったが、東の砦に近づくにつれて魔物の数は20匹ほどまで膨れ上がるからな。
「ここからは俺が指揮を執る。それに伴ってカミーラは盗賊組に加わり、ギルは斥候を頼む。そして、マークⅠ、マークⅡ、マークⅢ、ワンちゃん、猫ちゃんは、マークⅢを指揮官として強い種族の魔物を倒して回ってくれ」
カミーラが盗賊組へと移動し、ギルが風のように消える。俺が肩にのっているダークとマークⅠをマークⅢの肩にのせると、マークⅢたちは出撃した。
これで強い魔物の群れはマークⅢたちが倒してくれるから、俺たちは残った魔物の群れを倒せばいいだけだが、問題は数だ。
これまでの戦術だったら戦士組は通常種一匹、盗賊組は二人がかりで下位種を一匹倒しているから二匹しか下位種を倒せない。だが俺が指揮を執ることで見張り役が戻り、カミーラを加えたことで下位種を三匹倒せることになるが、それでも全く人数が足らないんだよな。
「ここで戦うには人数が足りないから戦術を変える。まず戦士組の五人は全員が囮役になってくれ。で、新人の戦士組と盗賊組はとりあえずチームを解散して、戦士組は通常種を攻撃、盗賊組は下位種を攻撃してくれ」
「前方のラット種の群れは10匹以上いますぜ? それでも戦うんですかい?」
「魔物の数が多いときは俺が間引くから問題ない」
「分かりやした」
俺がラット種の群れに向かって歩き出すと、クーガたち囮役五人が俺の横に並び、残りの隊員たちがその後に続く。
俺たちが進んでいくと、一陣の風と共にギルが姿を現した。
「マークⅢさんたちが手当たり次第に強い魔物の群れを倒してるっすから、斥候の意味がないっすよ」
そう指示したからそりゃ、そうなるだろう。まぁ、戦闘に不慣れな今の段階で連戦だけは避けたい。
「とりあえず、魔物の群れの位置を把握して俺に報告してくれるだけでいい」
「了解っす」
前方のラット種の群れが俺たちを視認して突進してくる。
「エクスプロージョン」
左腕を前に突き出した俺が魔法を唱えると、掌から光り輝く球体が出現して高速で飛んでいく。
そのあまりの速さに回避行動すらとれずに、ラット種の群れに光り輝く球体が命中し、ラット種の群れは爆発に巻き込まれて爆砕した。
「リ、リーダーって攻撃魔法も使えたんっすね……」
これにはギルや、クーガたちも動揺を隠しきれないようだ。
「集中しろ。生き残った奴らが突っ込んでくるぞ」
通常種が四匹、下位種が二匹といったところか。まぁ、数を間引くためにわざと群れの後方に魔法を撃ったから、初めてこの魔法を使った割には上手くやれたほうだろう。
クーガたちが前に出てラット種の群れの突撃を大盾で跳ね返すと同時に、隊員たちがラット種の群れを取り囲んでめった斬りにし、ラット種の群れは為す術なく肉片へと姿を変えた。
「う、うおおおおぉっ!?」
「すげぇ!! すげぇぞこの剣!! 滅茶苦茶切れやがる!!」
「……な、なんなんだこの剣は!?」
あまりの剣の切れ味に、新人たちは驚き戸惑っている。
「だから言ったじゃねぇか。この剣は魔剣だってな」
クーガの言葉に、新人たちは力強く頷いた。
「ギル、マークⅢに魔物の死体を回収するように伝えてくれ」
「了解っす。次の標的はあっちっす」
北西を指差したギルが風のように消えると、俺たちは北西へと進む。
そこにいたのはアント種の群れだったが、俺たちは同じ要領でアント種の群れを倒した。
それから、俺たちは問題なく魔物の群れを倒し続けて日が暮れ始める。
この戦術は大成功だと思うが俺がいないと成立しない。【魔法使い】が欲しいところだが期待できないし、やはり、当初の予定通りに部隊数を増やして数で押し切るしかなさそうだ。
「そろそろ帰還するか」
頷いたギルが突風と共に消える。
しばらくすると、ギルがマークⅢたちを連れて戻ってきたので、俺たちは帰路につく。
「ロストさん!!」
歩き始めてすぐのところで声を掛けられた俺は、足を止めて振り返ると、そこには見知った顔があった。
「あんたらパーティを組んだのか」
「ああ。あんたに言われて話し合った結果、そうなったんだよ」
彼らは転職の神殿に連れていった六人組の二部隊で、確かリーダーの名前はドットとリダだったはずだ。
「ここらで戦えているってことはいい感じじゃないか」
「いえいえ、ここらが限界ですよ。東の砦周辺ではとてもじゃないが戦えませんよ。それはそうとロストさんたちの戦いを見てましたけど、何で下級職の彼らがここで戦えてるんですか? どう考えてもおかしいでしょ?」
ドットは怪訝そうな顔をしている。
「くくっ、だろうな。理由はこの剣にある」
俺は帯刀していた鋼の剣を腰から外してドットに手渡した。
「これはガダン商会の鋼の剣……ですよね?」
剣を凝視したドットが訝しげに尋ねる。
「それはロストシリーズですの」
唐突に話に割り込んだマークⅢが自慢げに言い放った。
はぁ? 何言ってんだこいつは?
「……ま、まぁ、その剣は俺からの餞別だ。使ってみたら分かる」
「本当に貰っていいですか?」
「あんたらみたいな日本人には、どんどん強くなってもらいたいからな」
「感謝します」
ドットは深々と頭を下げる。
こうして、俺たちは拠点に帰還した。
翌朝、俺は魔物の死体を拠点の前に出すようにマークⅢに指示を出す。
俺たちが倒した魔物だけでもとんでもない数だった。しかし、マークⅢたちが倒した魔物はその比ではなく、拠点の前は死体で埋め尽くされた。
俺はクーガたちに魔物の首と素材の回収をするように指示を出し、あらたに加わったギルやカミーラと俺の隊の仲間たちを連れて、ネヤたちが滞在する宿に移動した。
俺たちが、俺とラードの部屋に入ると、パーティメンバーの全員が顔を揃えていた。
「そろそろ戻ってくる頃だと思ってたわ」
ネヤが開口一番に言うと、すぐにルルルが俺の傍に寄ってきて、俺の肩にのるダークを抱き寄せる。
「マークⅠちゃんが鎧と盾を持ってる」
「HQのミスリルで作られた特別製なんだ。体もHQのミスリルに変えているから、マークⅠはかなり強くなっている」
「そ、そうなんだ……」
ルルルは物珍しそうにマークⅠを見つめている。
「……で、皆で集まって何の話をしてたんだ?」
「次の狩場のことよ」
俺的にはエルザフィールの街から南の狩場一択だけどな。最激戦区だから俺たちに丁度いい。
「それで決まったのか?」
「エルザフィールの街の周りがいいんだけど、殺人鬼が出るかもしれないじゃない? だから日帰りになるから、それなら近い東の砦かなって感じね。それに私的には上級職たちの経験値を稼いでおきたいのよ。やっぱり、最上級職に転職してほしいから」
「一気に六人が最上級職に転職できたこと自体が、異常なことだと分かってて言ってるんだよな?」
「それは分かってるつもりよ。でも、マロン隊のほうは上級職が八人もいるから可能性はありそうじゃない?」
マロンたちを引き合いに出されると反論しがたいな。だが、カミーラのレベル上げには丁度いいかもしれないか……
「分かった。今から狩りに行くのか?」
「そのつもりだけど、見ない顔がいるじゃない。新しい仲間なの?」
振り返った俺が視線でカミーラを促すと、カミーラが俺の横に並ぶ。
「私はカミーラ。職業は【盗賊】よ。よろしくお願いします」
カミーラはペコリと頭を下げる。
「彼女がリーダーのネヤで、職業は【重騎士】だ」
「えっ!? 最上級職なんだ……ていうか、ロストさんがリーダーじゃないんだ?」
「まぁ、そうなんだが、俺はあちこちに行くことが多いから、実質的にはネヤがリーダーってことだ」
「なるほど」
カミーラは納得して相槌を打つ。
「でも、よく発見できたわね。私たちも食事の後に日本人たちの野営地を回ってたりしてたけど、ほとんどのパーティが三人以上だったから声もかけれなかったのよ」
「だろうな」
おそらく、一人や二人で行動している日本人は【無銘の刀】に流れているからな。
「次は俺っすよね」
ギルが俺の横に進み出る。
「俺の名前はギルっす。職業は【大怪盗】っす。よろしくっす」
「なっ!?」
皆の顔が驚愕に染まる。
「い、いったい、どこで知り合ったのよ?」
まぁ、当然の反応だろうな。
「知り合いのつてだ。俺が転職の神殿に連れて行ったら【大怪盗】に転職できたんだ」
「……な、なるほどね。そういう経緯なら理解できるわ。私は別のパーティから引き抜いたのかと勘ぐってたから」
納得できたのか、ネヤが安堵したような顔になる。
引き抜きか……さすがにその発想はなかったが、確かにそう思われても無理もない話だよな。
「で、最後に猫ちゃんなんだが――」
「最後ってもう一人女性がいるじゃない」
はぁ? 誰のことだよ?
怪訝に思ったが、皆の視線はマークⅡの隣の人物に集中していて、それで合点がいく。
そういうことか、そりゃ分からないよな。
「彼女はマークⅢだ」
「……えっ!?」
驚きのあまり皆は信じられないといった形相だ。
「お、お前……とうとう人の死体に手を出したのか……」
ラードは深刻な表情を浮かべている。
「何言ってんだ、そんな訳ないだろう。マークⅢは【変態】という特殊能力で人の姿に化けているんだ」
「マ、マジかよ……そんな特殊能力まであるのか。それにしてもどう見ても人にしか見えないな」
「まぁな。生物的に言えば完全に人だからな。だから血も出るんだ」
「……」
絶句したラードは身じろぎもしない。
「で、猫ちゃんなんだが上級職の【ニャニャン】に転職できた」
「【ニャニャン】ってことは、ワンちゃんみたいに肉球で攻撃できるのか?」
「いや、肉球系の特殊能力はないが、【猫波】と【マッハパンチ】が強いんだ」
「【マッハパンチ】だと!? 漫画やゲームによく出てきそうな特殊能力じゃねぇか」
「まぁ、猫ちゃんはレシアにべったりで後衛だから使う機会はほとんどないと思うけどな」
「じゃあ、俺が受けてやる。どんなパンチか見てみたいしな」
「いや、止めておいたほうがいいだろう。実際に試したことはないが強い特殊能力なはずだからな」
「ならなおさらだ。俺も上級職だから問題ないはずだ」
そう答えたラードは猫ちゃんの前に進み出て、猫ちゃんとラードが対峙する。
「猫ちゃん、俺に【マッハパンチ】を打ってみろ」
だが、日本語が分からない猫ちゃんは首をかしげている。
見かねた俺は仕方なく猫ちゃんに説明することにした。
「猫ちゃん、ラードが【マッハパンチ】を見たいって言っているから、ラードに打ってくれ」
「にゃ」
猫ちゃんが放った右の肉球は電光石火の速さでラードの腹に突き刺さり、ラードの体はくの字に曲がる。
「へぼぉあぁ!?」
苦悶の声を漏らしたラードは悶絶して後ろに二歩下がった。
ぷぷっ……自業自得だな。
俺は思わず皆に視線を向けると、皆も笑いを堪えていた。
「……す、すげぇ速度だ。待ち構えてたのに全く捉えられなかったぜ」
ラードは尋常でない表情で猫ちゃんを見つめている。
「レシア、猫ちゃんは【猫波】っていう特殊能力も持っている。この特殊能力はリング状の光線を超高速で放てるんだが、連射もできるんだ。要するにだ、ルルルの【デロデロフェスティバル】に肩を並べるほどのやばさなんだ」
「は、はい。ロストさんは仲間に誤射させないように、私に気をつけろと言いたいんですよね?」
「その通りだ。ルルルもやばい特殊能力を使う先輩として気にかけてやってくれ」
レシアとルルルは真剣な表情で頷いた。
話が終わったことを察したのか猫ちゃんがレシアの傍に寄ると、レシアは猫ちゃんを静かに抱擁した。
「つよくなってかえってきたにゃ」
猫ちゃんは嬉しそうにレシアに頬ずりしている。
「じゃあ、行くか」
俺たちはマロン隊と合流し、狩りに出かけたのだった。
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