第76話 成長していく自我意識
三日目の朝、俺たちは地下二階で朝食を取り、魔物の首を換金するために換金所に向かっていた。
俺たちは換金所に到着したが、いつもならキャニルとラードと一緒に換金にいくはずのマークⅢが、俺の傍から動く気配を見せなかった。
「どうしたんだマークⅢ、お前が首を出さないと換金できないだろ?」
振り返ったラードが怪訝な顔をする。
「要求がありますの」
「要求だと?」
ラードが怪訝な表情を深める。
くくっ、要求か……面白いな。どんどん自我が育っているようでなによりだ。
「私たちがいくら魔物を倒しても、討伐金がもらえないことが不満ですの」
その言葉に、キャニルがはっとしたような顔をした。
「確かに私とラードがお金を管理するようになってから、あなたというかロストさんにお金を一円も渡してないわね……」
キャニルが気まずそうに言った。
「私たちは今よりも強くなるために、どうしてもミスリルが欲しいですの。ですから分配金がもらえないのなら分隊したいですわ」
「ぶ、分隊だと?」
ラードが驚きの声を上げる。
「マスターと私たちだけでロスト隊は成立しますので、他の方々はラード隊ということになりますの」
おいおい、ちょっと待てよ。それは隊じゃないだろ……人は俺だけなんだから。
俺は苦笑する以外になかった。
「……俺が隊をまとめられる訳がないだろ……ロストがリーダーだから隊は成立してるんだよ」
顔を伏せたラードは重苦しげな表情を浮かべている。
「頭の良いあなたのことだから始めから分隊なんて考えてないんでしょ? 何か他に代案があるんじゃないかしら」
キャニルは探るような眼差しをマークⅢに向ける。
「さすが聡明なキャニル。見抜かれていたようですの。私の代案は、私たちが強い魔物を倒したらその魔物の討伐金は私たちのものにしてほしいということですの」
「つまり、グールやマミーのような魔物のことよね?」
「この戦場の場合だとそうですわ」
「私たちが戦ったとしてもリスクが高すぎる相手だから、あなたの要求を受け入れるわ」
キャニルは即断する。
「では、昨日倒したグールとマミーの数は21匹で、その内1匹のマミーはミコが倒したので、20匹分の討伐金が私たちのものになりますの」
なるほどな。マークⅢは昨日の段階でキャニルに交渉するつもりだったから、女魔法戦士の要求をのんだのか。
「分かってるわ」
「本来は、これまでの分配金ももらう権利がありますが、それは水に流しますわ」
「……」
痛いところを突かれたからか、キャニルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
こうして、討伐金の分配方法が変わり、20匹分のグールとマミーの首は1億5000万円になった。
ちなみに、ゾンビやスケルトンを約400匹、ハイ・ゾンビとハイ・スケルトンを約40匹ほど倒して、合計金額が3億6000万円ほどになったが、俺たちはゴーストも100匹ほど倒している。
だが、この砦ではゴーストの討伐証明ができないので、ゴーストの換金はできないようだが、俺たちには【目利き】がいるので何の問題もない。仮にこの砦でゴーストを換金できたとしても一・五倍の討伐金だが、【目利き】がゴーストをカウントすると三倍の討伐金になるからだ。
俺たちが魔物の首の換金を終えたところで、タイミング良く採取隊のアーロンが姿を見せてマークⅢに話しかけた。
「やっぱり、君らの強さはずば抜けているようだな。東側を守る隊員たちが絶賛しているぞ。自分たちの出番がないってな」
「当然ですわ」
マークⅢが自信満々に返す。
まぁ、昨日はぶっちゃけて言うと、俺が戦場をコントロールしていたからな。
どういうことかと言うと、ミコとマークⅡがマミーと戦っているときぐらいの話だ。多数のゴースト種と戦っていた冒険者たちがやはり勝てずに逃走し、採取隊が出動するも近くにいた冒険者たちにもゴースト種たちは襲いかかり、戦場は混乱の極みにあったらしい。
その後、ゴースト種の群れは採取隊によって殲滅されたが、採取隊たちが戦場に出てきて目を光らせている状況だと言うことを、女魔法戦士が得意げにマークⅢに話していた。
それを聞いた俺は、数の多いゴースト種やアンデッドの群れを俺たちが率先して倒し、数の少ないアンデッドの群れを冒険者たちに回して戦場を安定させていたのだ。
ちなみに、女魔法戦士はグールやマミーが手強いなら、マークⅢが倒してくれると冒険者たちに勝手に言いふらしていて、冒険者たちがグールやマミーをマークⅢの元に連れてくることも結構あった。
「そこでなんだが、東側の正面で戦ってみないか?」
「正面は採取隊が陣取っていますが、追い込まれてますの?」
「いや、そういうことではないんだが、ここは第一砦で、ここからさらに東に進んだところに第二拠点があるんだ。言うまでもなく、そこが最激戦区になるんだが、そこに隊員を送って負担を軽減させたいという思いはある」
〈マスター、どうしますか?〉
マークⅢが思念で俺に尋ねてくる。
正直、第二拠点の最激戦区が気になる……が、まずは東側の正面で戦えないことには、第二拠点に行ったところで死ぬだけだしな。
そう考えた俺は静かに頷いた。
「東側の正面で戦いますわ」
「そうか、それはありがたいな。では早速知らせてくるから、君らはいつでも東側の正面で戦ってもいいからな」
そう言い残したアーロンは満足そうに去っていった。
「で、何の話だったんだ?」
「東側の正面で採取隊と一緒に戦うことになりましたの」
「えっ? だ、大丈夫なのか?」
ラードは不安げな表情を浮かべている。
「東側の正面で戦えないようなら私たちはここから先に進めませんから、試してみる価値はあると思いますの」
「な、なるほどな……」
砦の東門から出た俺たちは東側の防壁の正面出入口を通って外に出ると、出入り口の左右には採取隊の守備隊が待機していて、戦場には二部隊が陣取っていた。
一部隊に隊員が50人ほどいるので、冒険者的に言えば大連合が二部隊いることになる。
現在は右側の部隊だけがスケルトン種の群れ50匹ほどと戦っていて、スケルトン種の群れは瞬く間に数を減らしていた。その状況に痺れを切らしたのか、後方に陣取っていた4匹のスケルトン、おそらく、ハイ・スケルトンたちが採取隊に突撃したが、なにも出来ずにあえなく散ったのだった。
「あんな中に割って入るのかよ……」
ラードの目は泳ぎ、不安そうだ。
「とにかく、行ってみますの」
俺たちは魔物と戦っていない左の部隊まで歩を進める。
「よく来てくれた。我々は君らを歓迎するよ」
剣士風の女がにこやかに微笑む。
〈彼女は最上級職の【大剣豪】ですわ。彼女の部隊にはもう一人、女性の【大剣豪】がいますの〉
マークⅢが思念で俺に報告する。
へぇ、【大剣豪】が二人もいるのか。さすが精鋭部隊といったところか……確か【大剣豪】は強い職業だったはずだ。攻撃力が二倍になる『剛力』と風の刃を飛ばす『斬撃衝』を持っているからな。
「それで、私たちはどう戦えばいいですの?」
「アーロンからグールやマミーも倒せると聞いているから、戦えそうな魔物だったら戦えばいい。それで問題ないだろ?」
「分かりましたの」
俺たちは右の部隊と左の部隊の中間辺りに移動した。
「で、話はどうなったんだ?」
ラードが不安げにマークⅢに尋ねる。
「好きに戦っていいみたいですの。ですから私たちの実力を知らしめるために、私とマークⅡが前衛を務めますわ。ラードたちは中衛で私たちがスルーした魔物を倒してくれたらいいですの」
「……それならやれそうだな」
ラードは安堵の溜息を漏らす。
「話はまとまったか?」
いつの間にか俺たちの傍まで来ていた女大剣豪が、マークⅢに問いかける。
「問題ないですわ」
「そうか。私はしばらく君らがどう戦うのか知りたいから、ここで見学させてもらうよ」
「それは構いませんが、私は前線に出ますの」
「何? リーダーの君がいきなり前線に出るのか?」
「私はリーダーではありませんの。この隊のリーダーは私のマスターのロストですわ」
マークⅢが手で俺を指し示す。
「何? 君がリーダーではなかったのか」
女大剣豪は意外そうな顔をした。
ぐっ、この話の流れは、また俺がダメな奴だと思われるんじゃないのか……
「ですので、何かあるならマスターに対応してもらえばいいですの」
「だが、リーダーは人族語を話せないだろ」
「当然、私のマスターですので話せますわ」
マークⅢが自信満々に言い放つ。
「なっ!? だったらなぜ君が交渉役をやっているんだ?」
女大剣豪は不可解そうな表情を浮かべている。
「マスターが全体指揮者だからですわ。私たちは少し前まで三隊の連合部隊でしたから、全体を統括する者が必要不可欠でしたの」
「なるほどな、確かに人数が増えると統括する者が必要なのは分かるつもりだ」
おお、ものは言いようだな。これなら俺はカッコ悪くない。
話に一区切りがつき、俺が正面の森を注視していると、ゾンビ種の群れが姿を現した。
ゾンビ種の数は10匹と少なめだが、その後方には人の形をしたような黒い木の魔物の姿があった。
〈あの黒い木の魔物はヒューマンキラーで『人型特効』を持っていますの。効果は人の形をする者全てに対して攻撃が三倍になるので強敵ですわ〉
汎用性が高すぎるだろ……ってことは、マークⅢたちも、一応人型だから受けるダメージが三倍になるんじゃないのか?
「では戦ってきますの」
マークⅢとマークⅡはゾンビ種の群れに向かって歩を進める。
「……あの後ろにいる黒い木の魔物は初めて見る個体だな」
そう呟いた女大剣豪が探るような眼差しを俺に向けている。
へぇ、こいつらぐらいの戦歴でも、ヒューマンキラーは知らないほど珍しい魔物なのか。
「あれはヒューマンキラーだ。人の形をする者全てに対して攻撃が三倍になる『人型特効』を持っている厄介な魔物だ」
「……本当に人族語を話せるんだな。しかし、我々でも知り得ない個体の情報を異世界人の君らが知っているということは、君は『鑑定』系の特殊能力を持っているようだな」
「俺ではない。白い鎧の方がアブレーザルの魔法を持っているんだ」
「ほう、やはり彼女は優秀なんだな。やっぱり彼女が一番強いのか?」
「いや、一番強いのは黒い鎧の方だな」
まぁ、実際は甲乙つけがたいが、どちらかと言われればマークⅡだろうな。
「そ、そうなのか……」
女大剣豪は驚きを隠せないようだ。
俺が視線をマークⅢたちに向けると、マークⅢたちはゾンビ種の群れに囲まれていて、それを窮地だと思ったのか右側の部隊から五名の隊員が駆けつけて戦闘に加わった。
マークⅢたちが瞬殺できない時点で、あのゾンビ種の群れはグールだろうな。しかも、高レベル個体たちだろう……しかし、採取隊も余計なことをしてくれるぜ。
「あんたに言っておくが、今後はこっちから救援を求めない限り、手出し無用で頼む」
「し、しかし、あれは全てが高レベルのグールだと思うぞ。こちらとしても相手が強いのなら協力は惜しまないつもりだ」
「くどい!! あんたらも俺たちに勝手に助けられたら嫌だろ」
「それは状況にもよる……が、だったらこの状況をどう切り抜けるつもりなんだ?」
「無論、俺が出るだけの話だ」
「き、君はあのグールの群れと戦えるほど強いのか?」
「ラード、後は任せたぞ」
俺は女大剣豪の問いかけを無視し、グールの群れに目掛けて走り出したのだった。
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