第72話 突然変異個体
俺たちはまとまって開けた大地をひたすら東に進んでいた。
恐怖の対象になっているブラックゾルとの遭遇に、女性陣が怯えているからだ。
まぁ、皆には伝えていないがブラックゾルが現れたら、俺とマークⅡ、マークⅢで対処するつもりだが、あれから一度もブラックゾルは出現していない。それどころか開けたエリアに入ってからアンデッドの数も急激に減っている傾向にある。
マークⅢの推測では、ここはアンデッドの回復場所の可能性が高いらしい。その理由はアンデッドの数が少なく、そのアンデッドたちのHPが減っている個体が多いからだ。
マークⅢの推測通りなら、このエリア内の瘴気の魔法陣を全て破壊した方が良さそうだが、俺はその考えを棚上げした。
俺が最優先に考えているのが金を稼ぐことと皆の経験値効率で、【目利き】によると冒険者ギルドは瘴気の魔法陣の破壊に報酬を定めていないらしく、瘴気の魔法陣を破壊しても金にならないからだ。
【目利き】いわく、瘴気の魔法陣が金にならないのは瘴気の魔法陣を発見できたとしても、それはたまたまで探す方法がないかららしい。
まぁ、マークⅠの『気配探知』をもってしても、生物ではない瘴気の魔法陣の場所は特定できないが、うちにはワンちゃんがいるので『くんくん』で瘴気の魔法陣の場所を特定できるが、稼げないのなら意味はない。
俺たちがほとんどアンデッドたちと戦うことなく進んでいると、マークⅠとワンちゃんが同時に話しかけてくる。
〈ホネとヒトがいっぱいいるよ〉
「ほねとひとがいっぱいいるわん。あとまほうじんもあるわん」
瘴気の魔法陣があるのか。すでに俺たちはここで瘴気の魔法陣を一つ破壊していて、これまでに瘴気の魔法陣を11破壊している。
「たぶん現地人だと思うが、スケルトン種の群れと戦っているようだ。ゆっくり、接近して様子をみる」
「どっちだろうな? 湿地帯辺りから全く冒険者に会わなくなったから採取隊か?」
「だろうな」
俺たちが慎重に歩いていくと、武具を装備したスケルトン種の群れと人族たちが戦いを繰り広げていた。その周りには四つの魔法陣が瘴気を発している。
「な、なんか押し込まれてる感じよね……数は20対20で同じぐらいなのに」
ネヤが言葉を濁らせる。
「えっ? そ、そうなの? 私には動きが速すぎて分からないわ」
キャニルが意外そうにラードに顔を向ける。
まぁ、前衛の素早さは300はありそうな感じだから、素早さが二桁のキャニルには動きが残像にしか見えないだろうな。
「ネヤの言う通り、かなり押されている状況だ」
ラードは渋い表情で戦況を見つめている。
ていうか、前衛のアンデッドたちがダメージを気にしてない……瘴気――いや、前衛の人族たちの攻撃がほとんど効いていないといったところか。
〈武具を纏っているのはスケルトンナイトで、攻撃力、素早さが300超え、守備力は『堅守』を加味すると500を超えていますの。後衛に5匹いるローブを着ているほうがスケルトンメイジで、上級職の【魔法師】並みの魔法を所持していますの。それに両者共に『魔法耐性』を持っていますわ〉
マークⅢが思念で俺に伝える。
こいつが思念で報せるときは、だいたいがやばいときだからな。
確かに守備力が500を超えていると物理攻撃でまともにダメージを与えられるのは、俺かマークⅡ、マークⅢだけだろう。さらに『魔法耐性』を所持しているから魔法は効き難く、有効な攻撃手段は特殊能力によるものだけになる。
なので、攻撃手段としての特殊能力を持っているミコ、マミ、ラゼ、キリを戦わせることになるが、マークⅢの懸念は、スケルトンナイトの素早さの値が彼女らを上回っているから、彼女らの攻撃が当たらないことだろうな。
せめて一対一なら彼女らにも勝算はあるんだが、スケルトンナイトは15匹もいるからな。
「で、どうすんだ? あいつらが助けを求めるか、撤退しない限りは俺たちは何もできないぜ?」
「あれはおそらく、ハイ・スケルトンから進化した突然変異個体のスケルトンナイトとスケルトンメイジですわ。つまり、上位種のさらに上の存在ですの」
「なっ!? 普通の魔物に上位種より上がいるのかよ!?」
ラードは純粋な驚きに満ちているようだ。
「魔物の村で出会ったスノー・ホーネットのフローもそうでしたの。ただスケルトン種は種族自体が弱いので、あの人族たちが上級職でも何とか戦えているのですわ。ですので、あの人族たちを助けるのならマスターと私たちとワンちゃん、そしてルルルだけで向かうことになりますわ」
まぁ、納得の人選だな。付け加えるならルルルの護衛として、シールドの魔法を持っている【騎士】のネヤとマロンといったところか。
「ルルルとワンちゃんは最初は弱かったのに、今じゃうちの主力だよな」
ラードは複雑げな表情でルルルとワンちゃんを見つめている。
「ルルルはゴースト種の群れを倒し続けたことでレベルが16まで一気に上がり、使えなかった魔法に目覚めましたの。その魔法は、酸のアシッドの魔法と腐食のコロージョンの魔法ですわ」
くくっ、さすがルルル……ついに魔法も使えるようになったのか。ていうか、ルルルはレベルが16まで上がっているのに、俺は何でレベル7のままなんだよ? さすがに不安すぎる。
「しばらく静観する。人族たちが勝てそうなら進むが、負けそうならさすがに見捨てられないからな」
「だよなぁ……人族側は後衛が10人いるからだと思うがよく凌いでるぜ」
「この辺りは瘴気の濃度が高いので、スケルトンナイトたちは徐々にHPが回復していますの。さらに魔法陣の中に入ることで急速にHPを回復できるみたいですわ」
「なんだそりゃ!? 最悪な場所じゃねぇか……」
ラードは怒りの形相で体を震わせている。
〈おおきいホネがいっぱいくるよ〉
大きい骨だと? ここにきて得体の知れない増援はまずすぎる。
「でかい骨がこっちに来る。しかも数も多いらしい」
「マ、マジかよ……」
ラードは絶句している。皆一様に心配そうな顔で人族たちを見つめている。
しばらくすると、スケルトンメイジたちの後方の霧の中から、巨大な人の形をした魔物が姿を現す。
その全長は三メートルを超えていて、骨を素材に作られたゴーレムのような姿をしている。
数は20匹ほどだ。
「ボーンゴーレムですわ!! 『強力』『鉄壁』を加味すると攻撃力は600超え、守備力は800を超えていますの」
「そんなのが加わったら俺たちでも勝てるわけがない!!」
ラードの叫びに、仲間たちの不安げな視線が俺に集中する。
「お前たちは先に進め。俺は様子を見てから追いかける。奴らがこっちに来ないとは限らないからな」
「分かった。行くぞ」
ラードたちが東へと進み始めると、俺は人族たちの戦況を確認する。
すでに人族たちの後衛は魔物に背を向けて逃走し始めた。人族たちの前衛たちがスケルトンナイトたちを押し止めている状況だったが、ボーンゴーレムたちが姿を見せると彼らは迷いなく後退し始める。
「お金を稼ぐチャンスですわ!! あのアンデッドたちを全て倒せば最低でも二億円になりますの」
最低でも二億ってことは上位種として計算してるってことか。ていうか、上位種以上の存在の討伐金はいくらになるんだ? それを知るためにも戦ってみる価値はあるか。
「ボーンゴーレムは私とマークⅡで倒しますの」
「……大丈夫なのか?」
「ボーンゴーレムは素早さが200ほどしかないので鈍足ですの。あとは軽減系の特殊能力も持っていますが『物理耐性』のみですので、私たちの魔法攻撃で倒せますわ。その間にマスターにはスケルトンナイトたちを倒してほしいですの」
「いいだろう。それでいくか」
「さすが私のマスターですわ」
マークⅢが上機嫌に返した。
こいつらよっぽどミスリルの武器が欲しいんだろうな。
俺が戦場に目を転ずると、ボーンゴーレムたちが人族たちを追撃していた。だが、スケルトンナイトたちやスケルトンメイジたちに動きはない。
マークⅢとマークⅡはある程度ボーンゴーレムたちに接近してから魔法攻撃を開始し、魔法攻撃が命中したボーンゴーレムたちが足を止めてマークⅢたちに向きを変える。
それを見届けた俺はスケルトンナイトたちに向かって歩を進める。
「ポイズン」
魔法の射程距離に入った俺がポイズンの魔法を唱え、緑色の風がスケルトンナイトたちの体を突き抜ける。
だが、マークⅢいわく、アンデッドにポイズンの魔法は何のダメージもないらしい。まぁ、言われてみれば死体に毒の影響なんか関係ないからな。
それでも俺の狙い通りに、攻撃されたと認識した五匹のスケルトンナイトが俺に向かって突進してくる。
さすがに15匹を一度に相手にするのはキツイからいい感じだ。
背中の長剣を抜いた俺が突っ込んできた正面の三匹に長剣で横薙ぎに払うが、一撃では両断できなかった。
さすが守備力500超えのことはある。
態勢を整えたスケルトンナイトたちが俺に剣を振り下ろすが、俺は長剣で弾き返す。
まぁ、硬いだけで素早さは俺の半分程度なので俺の敵ではない。
「やっつけるわん!!」
俺の後ろから躍り出たワンちゃんが、体勢の崩れたスケルトンナイトたちに打撃の連打を浴びせると、二匹のスケルトンナイトの体が砕け散り、ワンちゃんはすぐに俺の後ろに身を隠す。
……そういえばワンちゃんがついてきていたのを忘れていたぜ。まぁ、『肉球パンチ』と『肉球キック』が炸裂すればスケルトンナイトですら一撃だが、素早さはスケルトンナイトと大差がないので、ワンちゃんが俺を盾にしている戦術は正しい。
残り三匹が俺に斬り掛かってくるが、俺は後方に下がりながらミスリルランスに持ち替えて、スケルトンナイトの鎧から見え隠れする腰椎を狙う。
腰椎を切断されたスケルトンナイトの上半身が地面に落ちると、すかさずワンちゃんがスケルトンナイトの上半身にパンチを叩き込んで、スケルトンナイトを無力化した。
残る二匹も俺が腰椎を破壊し、ワンちゃんがスケルトンナイトの上半身に止めを刺す。
俺は討伐部位を得るためにスケルトンナイトの首を切断し、さらにその首を水平に斬って首の上側の部位を麻袋に入れていくと、ワンちゃんがまだ動いているスケルトンナイトの体をバラバラに破壊していた。
アンデッドは体をバラバラにしても動くから面倒臭すぎるんだよな。
俺は残りのアンデッドたちに視線を向けると、動く気配はなかった。
なんでこいつらは仲間がやられたのに動かないんだ? 魔法陣が四つもあるから、もしかしてこの場所を守ってるような存在なのか?
しばらく待ってみたがアンデッドたちに動きがないので、苛ついた俺は一気にけりをつけるために『威風』を発動する。
深紅のオーラを纏った俺はダークたちをワンちゃんに預けると一直線に突き進んで、スケルトンナイトの群れをバラバラに斬り裂いた。
その光景を目の当たりにしたスケルトンメイジたちが、俺に向かって魔法を連発するが俺に当たるはずもなく、俺はスケルトンメイジたちも滅多切りにし、即座に『威風』を解いた。
遅れてやってきたワンちゃんが地面を這って動いているアンデッドたちを破壊していくが、その状態でもスケルトンメイジたちは魔法を放ち、ワンちゃんに風の刃が命中する。
「わふうっ!?」
面食らったワンちゃんが驚きの声を上げるが、ワンちゃんにダメージはない。
俺の『守護』でワンちゃんのダメージを肩代わりしているからだ。俺のダメージも『全耐性』の腕輪のおかげで無効化されたので俺にもダメージはない。
「マークⅠ、ファテーグの魔法で俺のスタミナを回復してくれ」
〈わかった〉
俺の体が金色に何度も輝いた。
「助かったぜ」
全く動けなくなっていた俺は安堵の溜息を漏らす。
〈このケンやヨロイは、ほかのホネのもってるやつとはちがうね〉
剣や鎧を吟味したマークⅠは嬉しそうにアンデッドたちの武具を一カ所に集めている。
俺は剣を拾って見てみると、骨のような素材で作られている剣だった。
骨剣なのか? これまでに遭遇したスケルトン種の武具は鉄製だったが、上位種を超える存在が持っているのだからそれなりの値がつくかもしれないな。
俺が討伐部位を回収していると、マークⅢたちが戻ってきた。
マークⅢたちはアンデッドたちの体を一カ所にまとめると、マークⅢが炎の魔法でアンデッドたちの体を焼き払い、マークⅡが四つの瘴気の魔法陣をアイアンバレットの魔法で破壊した。
アンデッドの死体処理も瘴気の魔法陣の破壊もはっきり言って無駄な作業だ。やはり、狩場は南にしたほうが良さそうだな。
「マスター、マークⅠが集めている武具はどれもガダン商会の鋼製品よりも上ですの。鎧とブーツは全て壊れているので使えませんが、骨騎士の剣は10本、骨騎士の盾が7つ入手できましたわ」
鎧とブーツが全部壊れているのはワンちゃんが『肉球パンチ』で木っ端微塵にしたからか。それでも、良い武具が無料で手に入ったのはアンデッドたちと戦うメリットになるな。
俺が討伐部位が入った麻袋をマークⅢに渡し、マークⅢが無限の空間に麻袋を収納したところで俺たちは突然、声をかけられたのだった。
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