第69話 そのさまは恐怖でしかない
ラードのゾンビ騒ぎの後、俺たちは時折目にする沼地を避けながら東へと進んでいた。
湿地帯と違ってここにはまだ木や草などの植物が残っている。おそらく、アンデッドのせいで大地が腐りかけている途中といったところなのだろう。
なので、アンデッドを元から絶たないと不毛な湿地帯が広がり続けることになる。そう考えると、街から南も魔物が押し寄せて窮地の状況らしいが、こっちのほうが事態は深刻で採取隊がここに集中しているのも頷ける。
俺たちが霧の中を進んでいくと、先行しているラードたちとマロン隊が足を止めて何かを囲むように立っていた。
基本的には前衛、中衛、後衛という形で進むものだが、俺はラードたちとマロン隊、要するに前衛職をひとまとめにして先行させていた。
数の多いアンデッドの群れが複数現れることを考慮し、ラードの指揮の下に同時戦闘が可能な変則的な編成にしたってことだ。
これによって俺たちに中衛は存在しないが、それはゴースト種対策でもある。
要するに、ゴースト種には魔法が使える者たちだけで戦ってみることにした。物理無効のゴースト種が相手だと前衛職は的になるだけだしな。
まぁ、【剣豪】のミコやマミの『斬撃』や【格闘家】のラゼの『発勁』、新たに【武者】に就いたキリの『斬撃』、『天翔斬り』ならゴースト種を倒せると思うが、強いアンデッドが現れたときに彼女らの特殊能力は温存しておきたいからな。
「で、何かあったのか?」
「ここに怪しい魔法陣があるんだ」
ラードたちが囲いを解くと、そこには石畳の上に赤い文字で描かれた魔法陣があり、黒い瘴気のようなものを発していた。
「これは瘴気の魔法陣ですわ。効果は瘴気に触れ続けると生命は朽ち果て、アンデッドが瘴気を吸収すれば体力が回復しますの」
「うげぇ!? やべぇ煙じゃねぇかっ!?」
悲鳴を上げたラードが魔法陣から飛び退くと、仲間たちも慌てて魔法陣から離れた。
俺たちは遠巻きに魔法陣を見つめている。
「マスター、魔法陣を破壊することを提案しますの」
「そうだな。やってくれ」
「マークⅡ、アイアンバレットの魔法で魔法陣を破壊してほしいですの」
〈分かりました。アイアンバレット〉
マークⅡが魔法を唱えると、無数の鉄弾が石畳を木っ端みじんに吹き飛ばした。
「マークⅡ、他にもあったら頼む」
〈分かりました〉
俺たちは再び東へと進み、頻繁に出現するスケルトン種の群れやゾンビ種の群れを難なくラードたちが倒していく。
上級職に就いたばかりのマロン隊には、いい経験値稼ぎになるからありがたい。
〈したいが10ぴきくらいくるよ。〉
ゾンビが10匹とは少ないな……これまではだいたい50匹ぐらいの群れだったからな。
「ゾンビが10匹らしいぞ」
俺は不審に思いながらも、隣を歩くマークⅢにそのまま伝える。
「伝えてきますの」
マークⅢが先行するラードたちの元に向かう。
俺たちが歩いていくと、マロン隊が陣形を組んで待ち構えていた。その後ろにマークⅡと【弓豪】のベルアが立っている。ラードたちはマロン隊からかなり後ろに下がっている状況だ。
敵が10匹程度だから、ラードはマロン隊に任せるつもりのようだな。
俺たちがラードたちの後方で足を止めると、マークⅢが俺の隣に戻って来る。
俺が前方を注視していると、霧の中からゾンビ種たちが姿を現した。
ゾンビ種の群れはマロン隊を目にすると、凄まじい速さでマロン隊に突進し、【重戦士】たちや【盾士】たちの大盾に蹴りや体当たりを叩き込み、鉄壁の壁は一瞬で粉砕される。
速いっ!? なんだあの速さは? ほんとにゾンビなのか!?
俺は思わずマークⅢに視線を向ける。
「見た目では判別不能ですが、あれはハイ・ゾンビですわ。その攻撃力は『強力』を加味すると300超え、それに『俊足』を持っているので素早さは400を超えていますの」
マジか……上位種の中では弱い部類だが、素早さが高い珍しいタイプだな。ていうか、ゾンビが全力で走ってくるさまは恐怖でしかない。
「マークⅢ、ラードたちに相手は上位種だと伝えてから、お前は【重戦士】たちや【盾士】たちのフォローに回ってくれ。多分、攻撃が当たらないからな」
「分かりましたの」
マークⅢがラードたちの元に走っていく。
「ロストさん、マロンさんたちは大丈夫なんですか?」
ミルアが不安げに訴える。その隣のパエルも心配そうにしているが、レシア、ルルル、キャニルに動揺の色は見られない。
「陣形が崩れたのは相手がゾンビだと思って油断したからだ。奴らの攻撃力と彼女らの守備力に大差はないからな」
「そうだったんですね」
ミルアは安堵の溜息を漏らした。
俺が視線を戦場に転ずると、陣形は跡形もなくなって乱戦になっていた。マロンとマミ、それと【武者】のキリはまともな戦いになっているが、他の者たちの攻撃はことごとく空を切っている状況で、ベルアがマークⅡに護られながら後方から矢を放っている。
ラードたちは俺がマークⅢを動かしたからか、動く気配はない。
まぁ、マークⅡとマークⅢがハイ・ゾンビたちを弱らせているからなんとかなるだろう。
しばらく戦いを静観していると、最初にハイ・ゾンビに勝利したのはキリだったので驚いた。【武者】という職業が【騎士】と【剣豪】を足したような職業だから強いんだろうな。
それから少しの間をおいて、マミとマロンがハイ・ゾンビに勝利したが、そこからが長かった。
マークⅡはおそらく、マロン隊に戦闘経験を積まそうと考えているようだ。だから、ハイ・ゾンビたちを中途半端に魔法で攻撃して弱らせていた。だが、アンデッド相手にダメージを積み重ねても意味はほとんどない。
痛覚がないから動く速度が変わらないからだ。なので、マロン隊の隊員たちの攻撃が当たらない展開が続いている状況だ。
最終的に痺れを切らしたのか、マークⅢがハイ・ゾンビたちの腕や脚を切断して動きを封じたことで、マロン隊の隊員たちがハイ・ゾンビたちの首を刎ねたが、首だけになっても動いているのがアンデッドなのだ。
ちなみに、討伐部位である首を大きな麻袋に入れておくと、首が麻袋を食い破って出てくるので、対処法に悩んでいた経緯があった。
しかし、マークⅢが「首を水平に切断すれば動かなくなり、現地人は首の上側を回収していると【目利き】が言っている」と説明した。
その方法を試すと、物理的に動く手段がないのでさすがに動かなかったが、それ以外の腕や脚の部位は依然として動いていた。マークⅢが放置すれば瘴気の魔法陣から発せられる瘴気により、復活する可能性を言及したので、面倒くさいがアンデッドは倒した個体を集めて、まとめて焼却処理することに決まったのだった。
俺たちがマロン隊の傍まで移動すると、マロン隊の隊員たちは地面にへたり込んでいて、ラードがマロン隊の隊員たちに労いの言葉をかけている。
これだけで5000万になるんだからいい収穫だ。
俺たちは再び東へと進み出す。
ここから先は上位種が多く出現すると思っていたが、出現するのは通常種のゾンビの群れやスケルトンの群ればかりで、上位種が現れたとしても群れを率いるボス一匹だけというような状況が続いた。そして、六カ所目の瘴気の魔法陣を破壊したところで、マークⅠの思念の声が届く。
〈フワフワがけっこうくるよ〉
フワフワ? ゴースト種のことか!? やっとかよ。しかし、結構とは何匹なんだ?
「おそらくゴースト種がくる。ラードたちに後退するように伝えてきてくれ」
「分かりましたの」
マークⅢは前方へと走っていったのだった。
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